世界はそれを愛と呼ぶ
叔父が亡くなって1年後、生まれた汐はそんな最悪な冷えきった、夫婦関係から生まれた子だった。
勿論、両親はあの子に興味なかったから、湊が大切にお世話をしていた。
「……生きていれば」
「え?」
「生きていれば、俺の弟は、汐は凌と幸と同い年だったんだよ」
少しズレるかもしれない。ちゃんと計算したことがないから。でも、生まれた時期を考えると、多分。
「生きていたら、三十路半ばかぁ〜!」
自分が四十半ばだから、何だか変な気分。
「……可愛い、可愛い子だったんだよ」
振り返れるようになったくらいには、自分の中で整理し始めることができている、ということでいいかな。
「……湊さん」
「ん?」
幸はその後、感情を出さないように育てられた。
それは、湊の父親に目をつけられないため、その為の、教育だったのだと思う。
否、憂さ晴らしかもしれない。あの家の中は男尊女卑であり、女性はかなりの鬱憤を溜めていたから。
愛されるために産まれてきたはずの子が、そんな目に遭うのが耐えられなくて、それで、幸の母親の弟に連絡を取って、幸を救い出してもらって。
母方の実家であった夏川家で保護された幸は、完全に壊れてしまっていたことを聞いた時、自分は何度同じ過ちを繰り返すんだと、苦しかった。
でも、謝罪した湊に、幸の叔父は言った。
『君が教えてくれたから、姉さんが遺した宝を救い出すことが出来た。大切に、大切に育てるよ。君もどうか、自分を責めないで。自分を大切にして』
湊は自分の身の上は何も語らず、北御門の関係者であるとしか言っていなかったのに、声音から年齢を察してくれたらしく、心配してくれた。
機関に繋げようと働きかけようとしてくれたけど、その行動でこの電話先の人に何かあったら、あの幼い幸はどうなる?幸せになるために生まれてきて、幸せになることを願った名前を贈られて、それなのに。
だから、湊は願った。『何もしないで』
─その結果が、あの惨劇だから笑えない。
幸の叔父─実(ミノル)くんは、その事件が起きたあと、長期入院をした湊の元に駆けてきた。
長い面会謝絶が解けた、事件から約1年後のことだった。リハビリとかを繰り返す湊の前に現れた、初めて見た彼はまだ若く、穏やかで優しかった。
『幸を連れてこようかと思ったんだけど、幸、病院が苦手で……ごめんね、今度、別の場所で』
困った顔で言う彼は、初対面という感じがしなかった。
2人きりの病室で優しく微笑んで、湊の頭を撫でてくれて、湊を質問攻めすることなく、『抱き締めていい?』と聞いてくれて、くしゃくしゃのワイシャツ姿で、湊が頷くと、優しく抱き締めてくれた。
とんとん、と、リズム良く背中を叩いてくれて、
『良く頑張ったね』
と、いった言葉をはじめに、いっぱい褒めてくれた。
『……褒められること、してない。守れなかった!』
そう叫んだ湊にさえ、泣きそうな顔で微笑んで。
ずっと抱き締めてくれて、泣いても、叫んでも、『うん』と優しく頷いてくれて、肯定も、否定もしなかった。
『また会いに来るね』
─そう言って彼が去った後、思い出したんだ。
“あの日、奥様の弟君を送迎する最中─……”
事故の顛末。同じ痛みを抱えている相手。
「……俺は、幸に出会えてよかったです」
「なあに、急に」
「実さんから、あなたが間接的に守ったと聞きました」
「実くん……守ってないよ。幸が感情が欠落した原因、聞いてるでしょ。長い虐待のせいなんだから」
「でも、本殿には送らなかった」
「……」
「あの広い北御門の屋敷の中で、湊さん自身が住まう本殿ではなく、当主が興味をなくした愛人などが住まう、女性のみの建物に閉じ込めたんでしょう」
凌は、どこまで知っているのか。
大方、実くんか、彼の兄の霞の入れ知恵だろうけど。