世界はそれを愛と呼ぶ


「─そういや、幸ってもう帰っちゃったんだっけ」

本来の予定を思い出して、寝込んでいた期間が勿体なく感じて。

「うん。また遊びに来るって言って、先日ね。─悠陽と夏陽がついていった」

「…………え?」

学校が面倒くさいと、刺激のある日々を好む双子。
当たり前のように家にいて、当たり前のように学校をサボるふたりはいつも麻衣ちゃんに怒られてばっかりで。

「な、なんで?」

「今がつまらないから、と。理事長も、健斗さんも呆れていたし、危険な目に合うかもしれないから、と、麻衣子さんは反対したんだが……悠陽が麻衣子さんを押し切り、最終的に俺に双子で頼み込んできた」

「えぇ?相馬にまで迷惑を?」

「迷惑というか……俺は何もする気はないんだけど、双子で何か考えているんだろうな。凌さんは悩んだ末、常磐家の後継である彼と同じ歳だから、良い刺激になるだろうって」

「そ、それで?」

「ふたりの何考えているか分からない雰囲気と、予想外の存在を投入することで起こる科学反応とか気になったから、無理をしない約束を交わした上で、許可をしたよ。俺の後ろ盾がある限り、向こうも無下に扱えないからな」

相馬はそう言うけれど、常磐家といえば、負の温床。
相馬に気付かれずに、何かされるのではっていう不安が拭えなくて、思わず、手が止まってしまう。

「……沙耶」

「っ、」

「ああ……そうだよな、不安だよな。不安にさせてごめん。でも、本当に安心してくれ。俺の後ろ盾というのは、名ばかりじゃない。きちんと、俺の鬼としての能力で守られるよう、配慮してあるから」

「……?」

「俺の血を編み込んだミサンガを渡してある。少なくとも、一度は何をされても無傷を保つ。それに、四六時中、里の奴らに見張りを頼んでいるし、無傷で無事に返すように厳命しているから」

相馬はそう言いながら、優しい手で沙耶の頭を撫でてくれる。

「……代償は」

「ん?」

「代償が必要でしょう。そんな、理を曲げるような」

すると、相馬はフッ、と、笑った。

「大丈夫。俺に反動が来るだけだから」

「……」

(笑って、この人は何を言っているのだろう……)

「俺は何度も繰り返すけど、人間にも鬼にもなりきれない存在だ。完全な鬼にはなれない、鬼よりの人間。だから、少なくとも、心臓を撃ち抜かれるくらいじゃ死ねないんだよ」

どこか、泣き出してしまいそうな顔。
この人をここまで追い詰めた、この人の半生。

「試したことはないけど、流石に首を斬れば死ぬことはできると……そう、信じたい」

自分の首に触れる貴方が、私が知る以上のものを背負って、隠していることは知っている。

それを無理やりに暴こうなんて考えていない。
けど、それを背負って、ひとりで全てを抱え込んで、痛みも苦しみも内緒にするなら、沙耶は黙っていたくない。

「─沙耶?」

席を立ち上がって、相馬の胸倉を掴んで。

「…………お父さんに頼んだの」

「?、何を」

「陽向さんと、電話させてくれって」

「……」

─察しの良い、貴方は気づいたのかもしれないね。
私はしつこいから、陽向さんの硬い口が開くまで粘って、待ち続けたよ。

「陽向さんに言われたの」

目を見開いて、黙ったままの相馬の頬に触れて。

「 私の存在が、唯一、相馬を殺す方法だって」

「っ」

「だから、危険を犯してはならない。相馬の横にいるには覚悟が必要で、私は生きていなければならない。この身は、あなたも道連れにするから」

「陽向さん……」

「あ、陽向さんは悪くないからね。私が聞き出したんだから。……話を聞いた時ね、私、思ったの」

ずっと、形にならない何かが形になった感覚。
その瞬間、何かが沙耶の中で片付いた。


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