「「完全なる失恋だ」」と思っている夫婦ですが、実は相思相愛です!~無愛想な脳外科医はお人好し新妻を放っておけない~
 お互い笑い合うと、なんとなく気持ちがすっきりした。今まで誰にも相談したこともなかったが、思いのほか心の重りになっていたらしい。

「今日は疲れているはずだ。そろそろ休んだほうがいい」

 リビングの押入れをあけて、ブランケットと枕を出しソファを整えてくれる。

「足、痛くなったら起こして。おやすみ」

「はい。ありがとうございます。おやすみなさい」

私は二階へ行く南雲先生に声をかけた。

灯りが落ちて暗くなったリビングで、用意してもらったブランケットにくるまる。

 本当なら今頃、東京に戻り与人と一緒に温泉まんじゅうを食べながら旅の思い出を語って一日が終わるはずだった。

 それなのになぜだか今日会ったばかりの男性の家でブランケットに包まれている。不思議な一日だった。

 けれどこの日が自分にとって、心に残る一日になったのは間違いない。きっと時々思い出してはくすっと笑うだろう。

 眠れるかどうか心配だったけれど、それは杞憂に終わった。

 午後から慌ただしくあちこち動き回っていた私は目を閉じるとあっという間に眠りのふちに落ちた。

 その瞬間に南雲先生が言っていた一言がふと蘇ってきた。

『人の価値なんて……そこに存在しているだけで十分だろう』

 自分が与人の足を引っ張っているという自覚がある今の私にとって、胸があったかくなる言葉だった。



 トントンと包丁を使う音、パチッと目をあけると、だしの匂いが漂ってきた。

 いい匂い。

 寝ぼけていた私はいつも通り、布団の中で伸びをしてからやっと気が付いた。ここが自分のベッドではないということに。

「あっ! 痛っ」

 慌てて体を起こして、ソファから落っこちた。

「おい、大丈夫か?」

 ブランケットにまみれてソファから落下した私は、慌てて顔を出す。

「おはようございます。すみません、こんなかっこうで」

「あぁ……ははは、いや。笑って悪い。起きられるか?」

 心配した彼が駆け付けてくれた。大きな手を差し伸べてくれたので、手伝ってもらって体を起こす。

「どこも痛くないか?」

「はい。朝からおさわがせしました」

「いや。元気ならそれでいい。足嫌じゃなければ見せて」

 私は素直に昨日少し痛めた足を、彼に見せる。

「腫はなさそうだな。足、ついてみて」

「全然痛くないです」

「問題なさそうだな。よかった」

 柔らかく笑った顔を見て、胸がキュンとした。
< 15 / 19 >

この作品をシェア

pagetop