「「完全なる失恋だ」」と思っている夫婦ですが、実は相思相愛です!~無愛想な脳外科医はお人好し新妻を放っておけない~
「いいんだよ。きっと故人も、いつまでもくよくよされても困るだろうし、カラ元気もしっかりやっている姿を見た方が喜ぶだろう」

「ふふふ、そうですよね」

「あぁ、そうだ」

 お互い小さく笑いながら、食事を進める。

 ゆっくりと時間が過ぎる、穏やかでずっと続いていてほしいと思えるような朝だった。

――しかしそうは言っていられない。

 さすがに今日は東京に戻らないと、明日から仕事だ。スマートフォンで運行状況を確認すると、始発からは通常運転されていて、ほっとした。

 私はチケットを手配したり、荷物を片付けていた。

「あれ? ない」

 ポーチの中に入っているはずの櫛がなく、今朝の行動を思い出してみる。

「あ、さっき洗面台に忘れたのかも」

あわてて取りに行くと、南雲先生が顔を洗っていた。

「すみません、おじゃまして」

「これか?」

 タオルで顔を拭き終わった彼が、櫛を持っている。

 よかった、やっぱりここにあったんだ。

 ほっとした私は、それを受け取ろうと手を伸ばした。しかし前ばかりみていたせいで、足元の段差に気が付かなかった。

「はい、そうです。あっ」

「危ないっ」

 慌てて抱き留めようとした彼の手が伸びてきた。

 しかし私はそのまま彼のもとに突進する勢いで突っ込んだ。それをたくましい腕が抱き留めてくれる。

 しかし勢いがありすぎたのか、そのまま南雲先生を押し倒してしまう。

 目の前にはととのった彼の顔。そして次の瞬間、私の唇が彼の唇に重なった。

「んっ」

 慌てて押し倒した彼から、飛びのいた。さっきふれた唇が熱くて、いや顔全体が熱い。まだ彼の唇の感触が残っている口元に手を持っていく。

 南雲先生は体を起こして、唇に手を持って行っていた。

「ご、ごめんなさい」

「いや。けがはないか?」

 こんな失敗をしてしまったのに、まだ私を気遣ってくれるなんて。余計に自分のドジが恥ずかしくなる。

「本当にすみません、こんな痴女みたいなことするつもりはなかったんです」

 恥ずかしさと申し訳なさで、どうしていいかわからない。

「ははは、痴女って。ただの事故にそんなに真剣に謝らなくていいさ。ほら、立って」

 彼は私の手首を掴むと立ち上がるのを手伝ってくれた。

 私ってば、本当に迷惑ばかり。優しい南雲先生じゃないときっととっくに呆れて追い出されているわ。
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