だって結婚に愛はなかったと聞いたので!~離婚宣言したら旦那様の溺愛が炸裂して!?~
 彼の口ぶりから察するに、これまで和也さんは横宮さんの要求を聞いてあげてきたのだろう。それはいったい、どんな立場からなのか。

「そんな……だって」

 追いすがるように再び伸ばされた彼女の手を、和也さんが避ける。

「俺はもう、結婚しているんだ。紗季に疑われるようなことはできない」

 彼の拒絶に、密かに安堵する。ふたりの関係がどうであれ、過去のものなら私にとやかくいう権利はない。

 横宮さんが焦れったそうに唇を噛む。そんな彼女を見つめる和也さんの切なげな表情に、不意に胸騒ぎがした。

 彼は本当に横宮さんを妹としか見ていないだろうかと、嫌な想像が頭をよぎる。

 次の瞬間。不意打ちで一歩踏み出した彼女は、勢いのまま和也さんの胸もとに飛び込んだ。

 思わずといった様子で抱きとめた彼に、考える時間を与えないまま彼女はさらに距離を詰める。力任せに和也さんの上着を掴んで引き寄せたせいで、彼の体が揺らいだ。

 その勢いで立ち位置が変わり、和也さんの体に横宮さんは完全に隠れてしまった。背後からでは、なにをしているのかはっきりとわからない。

 唯一見えている足もとに目をやると、横宮さんのかかとが浮くのが見えた。
 おそらく、口づけているのだろう。

 どうして、すぐに体を離さないのか。なぜもっと強く拒絶しないのか。
 こんな場面なんて、もう見ていられない。

 我に返って踵を返すと、出てきたばかりの改札に駆け込んだ。
 扉の開いていた電車に、なにも考えずに飛び乗る。

 電車が走りだすと、閉じた扉に頭を預けた。
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