だって結婚に愛はなかったと聞いたので!~離婚宣言したら旦那様の溺愛が炸裂して!?~
 それからなんとか自宅に帰りつき、着替えもしないままリビングのソファーに座り込んだ。
 足に肘をついて、身を屈めて両手で顔を覆う。
 静かな室内で、これからどうしたらいいのか考えを巡らせた。

 あんな場面を見た後で、知らないふりをして和也さんとこれまで通りの生活を送るなんて無理だ。
 裏切りを彼の口から直接聞かされるのは怖いが、知っていながら今のままではいられない。

 幸いにも、私には仕事がある。これまで通り、ひとりで生きていくのは可能だ。
 結婚前に住んでいたマンションは引き払ってしまったが、しばらくはホテル暮らしをして次を探せばいい。なんなら、兄のところに転がり込んでしまおうか。

 ここのところ何度か兄に連絡を取っていたが、時間が取れないとか海外出張が入ったとゆっくり話せていない。今にして思えば、兄は私から逃げていたのかとすら考えてしまう。
 それなら、私が転がり込むことに文句は言わせない。

 なにも言わずにここを出ていこうかと頭を過ったが、それでは彼が会いに来てしまう。やっぱり今夜こそきちんと話をするべきだ。
 動揺してまだきちんと覚悟も決められないけれど、曖昧なまま逃げだす真似はしたくなくてなんとかこの場に踏みとどまる。

 長い時間、すっかり考え込んでいたその時。玄関から聞こえた物音に、ギクリと体が強張った。
 廊下を足早に進む音が聞こえてくる。それが、なんだか私を責めているように聞こえた。

「紗季、大丈夫か?」

 リビングの入口に姿を現した和也さんの髪はわずかに乱れ、しっとりと濡れている。いつの間にか、雨が降りだしていたようだ。
 本当ならシャワーを浴びてくるように促すところだが、今の私には彼を気遣う心の余裕がなかった。

「体調でも崩したのか? ここのところ、ずいぶん忙しそうだったし」

 近づいてきた和也さんが、私の頬に手を伸ばす。それを思わず振り払うと、彼は驚きに目を見開いた。

「紗季?」

 和也さんの顔を見た途端に、彼が横宮さんといた場面が鮮明によみがえる。同時に、胸の痛みも大きくなった。
 座っていたソファーから立ち上がり、彼から距離を取る。

「和也さん」

 どうしたんだと、視線で問い返してくる。

「離婚してください」

 私の口から自然と零れ落ちたのは、問いかけや説明を求める言葉ではなかった。
 なにをどう切り出そうか考えて冷静になるように自身に言い聞かせていたというのに、心が彼を拒絶した。
 さっきのふたりの姿を思い起こすと、これで正解だったのかもしれない。
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