だって結婚に愛はなかったと聞いたので!~離婚宣言したら旦那様の溺愛が炸裂して!?~
* * *

「なあ、紗季。やっぱり俺たち、よりを戻そう」
「浮気しておいて、よくそんなことが言えるよね。絶対に無理だから」

 職場を後にして、自宅の最寄り駅に降り立ったタイミングで出くわしたのは、数カ月前に別れた元恋人の真人だった。

「悪かったって。あのときは仕事が上手くいかなくて、むしゃくしゃしてたんだ。でも俺が好きなのは紗季だけだから」

 自宅に同僚女性を連れ込んでことに及んでおきながら、よくそんな言い訳ができたものだ。こっちはわずかな愛情も残っていないのだと、突き放すように睨みつけた。

「怒るなよ。ていうか腹を立てるくらいなんだから、紗季だってまだ俺に気があるんだろ?」
「そんなわけないでしょ。いい加減に帰ってよ」

 仕事で疲れているというのに、鬱陶しいったらない。もうとっくに終わった話を、今さら蒸し返されても困惑しかない。

「そんなこと言うなよ」

 私に向けて伸ばされた彼の手を、とっさに避ける。
 イラっとした表情になる真人だったが、私の視線がすぐ脇にある交番に向いているのに気がついて人当たりのよさそうな笑顔を浮かべた。

「私、疲れているの。こんなふうに来られたら迷惑だから」

 就職して一年半が経っている。仕事は覚えられてきたが、新しく任される内容も多くなり、いつもくたくたになって帰宅する。

 真夏の夜は一向に気温が下がらず、蒸し暑さがますます苛立ちを煽る。
 この調子だと、今後もしつこくされそうだ。今きっぱり突き放しておかないと、後々面倒なことになるだろう。

「悪かったって。また会いに来るからな」
「来ないで」
「そうだ、紗季。今度一緒に、紗季のお兄さんのレストランで食事をしよう」

 ああ。真人は私の実家について、誰かに聞いたのだろう。だからこうして、つきまとうようになったのだ。

「行くわけがないでしょ。帰って」

 交番の前に立っている警察官を気にしながら、真人はようやく離れていった。
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