だって結婚に愛はなかったと聞いたので!~離婚宣言したら旦那様の溺愛が炸裂して!?~
 同僚との会話を終えて、周囲を見回す。まだ話していない人に挨拶をしようと、フロアを進んだ。

「本当よね。あの縁談に貴美子(きみこ)さんはずいぶん乗り気だったみたいだけど、断わって正解よ。横宮(よこみや)家よりも、桐島 家のお嬢さんの方がよっぽど旨みがあるもの」

「同業者とでは、ねえ。横宮家はともかく、桐家はあの規模でしょ? 経営統合しても、それほどメリットはないんじゃないかって、主人も話していたのよ」

 すれ違いざまに聞こえてきた、ひそひそと交わされる会話に小さく反応する。足を止めて、声が聞こえた方をさりげなくうかがった。

 貴美子さんとは、和也さんのお母様のことだ。
 話していたのは、彼側の招待客だった。母親と同世代の人たちで、たしか会社関係で招待した方の奥様だったはず。

「【ラ・パレット・デ・サヴ―ル】も、春野の経営でしょ? それなら貴美子さんも納得するわよ。経営者と縁づいたなんて、鼻が高いもの」

 私の実家は、飲食店を全国展開させる国内大手の企業を経営している。兄の紘一(こういち)はいずれ春野グループを継ぐ立場だが、ある程度自由に動ける今は唯一無二のお店を作りたいと奔走してきた。

 理想の料理を追い求めて、兄が国内だけでなく海外にも足しげく通っていたのを私も知っている。
 訪れた先の有名店はもちろん、地元の人が通うような小さなレストランも、評判を聞きつけて実際に訪れていた。
 そして兄は、お金も時間もかけてようやく見つけた理想通りのフレンチのシェフを口説き落としてきた。
 提供する料理はもちろんのこと、出店する場所やお店の外観に内装、従業員の制服や接客のルールなど、彼は自身の理想をとことん追求し続けた。

 そんな努力を重ねてようやくオープンしたのが、ラ・パレット・デ・サヴ―ル(味のパレット)というフレンチレストランだ。
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