だって結婚に愛はなかったと聞いたので！～離婚宣言したら旦那様の溺愛が炸裂して!?～

「俺から逃げるとは生意気だな」

　唐突に吐き出された言葉の意味が、よくわからない。
　彼のその態度を不快に感じながら、なにを言われているのかを逡巡する。そうして、待ち伏せされないために引っ越したことだと思い至った。

「に、逃げるって、そうじゃないでしょ」
「話があるから、ちょっと来い」

　私の言い分なんて、まるで聞く気がない。
　急に腕を掴まれて力任せに引くから、足がもつれそうになる。

「ちょ、ちょっと、やめてよ」

　真人は無言のまま、人目のつきにくいビルの陰に私を連れて行く。
　まるで逃がさないとでもいうように、壁際に私を追い詰めた。

「紗季は俺と結婚するんだ」
「結婚⁉　なに言ってるのよ」

　冗談かと思いきや、真人はやたら真剣な顔をしている。

「そうすれば俺は、あんな会社を辞められる」

　つまり実家の財産を当てにしているのだろうと瞬時に理解して、怒りの感情がわき起こる。

　けれど鬼気迫るような彼を前にしたら、それはすぐにしぼんだ。底知れない怖さに、足が震え始める。

「む、無茶言わないで。やめてよ」

　掠れた声で彼を拒絶する。

　万が一なにかあったときは大きな声をあげればいいと思っていたのに、本当の恐怖を前にしたらそんなの無理だった。
喉が引きつって、叫び声なんてあげられそうにない。震える声で、小さく抵抗するのが精いっぱいだ。
　
　掴まれたままになっていた腕をグイっと引かれる。危うく彼の胸もとに飛び込みそうになったが、なんとか踏みとどまった。