だって結婚に愛はなかったと聞いたので!~離婚宣言したら旦那様の溺愛が炸裂して!?~
「も、もう。桐島さんは口が上手いんだから」
「失礼な。俺は本音しか言わない主義だ」

 さらに追及したらなにを言われるかわからないと、口をつぐむ。それから、照れ隠しに窓の外に視線を向けた。

 桐島さんが連れて行ってくれたのは、ホテル内のレストランだった。このホテルは、彼の会社が経営しているのだという。
 個室に案内されて、向かい合わせに座る。料理は彼のお薦めのコースをお願いした。

「今夜は来てくれてありがとう。その服、よく似合ってるよ」
「あ、ありがとう。私の方こそ、誘ってくれてうれしかった」

 気取らずさらりと女性を褒められるところがすごいと思うけれど、彼に想いを寄せる私としてはちょっと憎らしい。ときめくなという方が無理だ。
 期待をするなと自身を戒めながら、穏やかに微笑む彼に私もなんとか笑みを浮かべた。

 前菜をいただきながら、なにげない会話を続ける。緊張はするものの、やっぱりふたりで過ごす時間は心地いい。まるで、一緒にいるのが当たり前のように感じられた。

 でもメインの料理を食べ終える頃には、桐島さんを取り巻く空気がわずかに硬くなっていた。どうしたのかと見つめる私に、彼は探るように口を開く。

「今日は、どう過ごしていた?」
「昼間に短時間だけ出かけて、後は家でゆっくりと……?」

 脈絡のない問いかけに、首をひねる。

「外出先で見かけたんだ。男とふたりで、カフェで過ごす君を」

 兄とケーキを食べていた場面を、どうやら目撃されていたらしい。美味しいケーキを前に浮かれていた自覚があるだけに、どんな顔をしていたのかちょっと恥ずかしい。
 口を開きかけたところで、桐島さんが大きく息を吐き出した。

「これじゃあ、恰好がつかないな。単刀直入に聞く。あの男は、君の特別な相手か?」
「えっ?」

 彼の見当違いな問いかけに驚く。兄との仲を疑われてはたまったものじゃない。

「違うから。一緒にいたのは、兄の紘一で」

 手を振りながら、全力で否定する。

「市場調査と称して、できたばかりで話題のあのカフェで奢ってもらっていただけなの」
「春野、紘一?」

 なにかを確かめるように、彼が兄の名前をつぶやいた。
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