だって結婚に愛はなかったと聞いたので!~離婚宣言したら旦那様の溺愛が炸裂して!?~
 いつも私を気遣ってくれる兄には、真っ先に報告している。話の流れで後日、和也さんと三人で会うことになった。

 実際に顔を合わせる前に兄に電話をかけ、私はあるお願いしていた。

「兄さん。お願いだから、実家が春野グループだってことは明かさないでほしいの」
『明かすなって、結婚を考えてるんだろ? さすがに黙っておけないよ』
「わかってるけど……もう少し待ってほしいの」

 和也さんは、相手の家柄を気にする人じゃないだろう。もしそういう人だったら、交際を始める前に探りを入れられているはずだ。
 それに彼ほどの家柄なら、春野グループから得られるメリットなど微々たるものなのかもしれない。だから、事実を知られてもなにも問題ないはず。

 それはわかっているけれど、これまでずっと〝春野の娘〟と見られてきた経験が私の心に影を落とす。
 真人ほどではないにしても、私の実家を知って態度を変える人は多くいた。それが怖くてたまらない。
 ありえないと思いつつ、もし和也さんがそんなふうになったらと想像をしてしまう。

『紗季の気持ちもわかるが』 

 兄だって〝春野の長男〟だと、色眼鏡で見られる機会は多かったはず。むしろ、私以上だっただろう。

「両家の顔合わせをするってなる前までに、私からきちんと話すから。お願い、兄さん。今はまだ、伏せておいてほしいの」
『……はあ。わかったよ。今のところ、俺からはなにも言わない。とりあえず、自分は会社員だと濁しておくから』

 兄の協力を得られて、私は心底ほっとしていた。

 当日になり、春野とはまったく関係のないカフェで和也さんに兄を紹介した。
 念のためにと連絡先の交換を申し出た和也さんに、兄も応じる。私にとって実家との窓口は気の合わない両親よりも兄さんの方が都合いいため、安堵しながらその様子を見守った。

 和也さんは、相手が誰であっても話題に困らない。
 兄に請われて、彼は仕事の話まで聞かせてくれた。
 和やかな雰囲気に気をよくした兄はさらに、若くして社長を務めるのはプレッシャーじゃないかと、踏み込んだ質問までしていた。
 おかげで見ているこちらは失礼じゃないかとヒヤヒヤしたが、和也さんは少しも嫌な顔をしない。今の立場で感じる苦悩や、自分の描いたものを実現させていく楽しさを余すことなく語って聞かせた。

「桐島さんのようなしっかりした方なら、紗季を安心して任せられます」

 驕ったところのない和也さんに、兄はすっかり信頼を寄せていた。
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