だって結婚に愛はなかったと聞いたので!~離婚宣言したら旦那様の溺愛が炸裂して!?~
* * *

 電車を降りて、改札へ向かう。

「はあ」

 大きなため息をつき、傘を広げて歩き始めた。
 今日は休日だったが、離婚を切りだした手前自宅にはいづらくて、仕事をしようと家を出た。言い換えれば、逃げ出したともいう。

 金曜の就業間際に上がってきた見積書に、まだしっかりと目を通せていない。それに、週末の方が連絡のつきやすい業者もある。急ぎではないもののやることはあるのだからと、いくつもの言い訳を思い浮かべた。
 でも、そのどれもが週明けでもかまわないものばかりだ。

 帰りは夕方遅くになると言った私を、和也さんは『無理はしないように』と気遣いながら送り出してくれた。
 離婚を巡る攻防などまるでなかったかのような態度だった和也さんが出かけに見せた眉を下げた表情は、ひたすら私を案じていた。

「どこまでが本気なの……」

 私よりずっと大人で、何枚も上手の彼の本心を見抜くなんて難題過ぎる。

 会社のエントランスをくぐり、エレベーターに乗り込みながら昨夜を思い起こす。
 和也さんに離婚に待ったをかけられて、それならせめて寝室を分けようと私から提案している。
 けれど彼は、ありえないと突っぱねた。

『同じ家庭内にいるとはいえ、距離ができれば俺が挽回するチャンスが減る』

 私の様子をうかがいながら、彼がそっと手を握る。

『俺から紗季が離れていってしまうのが怖いんだ』

 それまで『紗季の俺への信頼を、絶対に取り戻すから』と強気だった彼の態度は一転して、私に熱く懇願した。
切なげな声色と視線に胸が絞めつけられて、それだけで絆されそうな自分が嫌になる。

 彼に対していくら疑念を抱いても、私の中の好意はなくなっていないのを自覚させられた。

 あれが彼の本心なのか、それとも事業のために私をつなぎとめておく方便か。見極めようとそっと和也さんをうかがったが、彼の瞳は少しも揺れなかった。

『……わかった』

 折れたのは私の方だ。

『よかった』

 了承した途端に柔らかく微笑まれて、不覚にもドキリと胸が高鳴る。
 離婚話が出た夫婦としてはおかしな気もするが、結局いつも通り同じベッドに横になり、彼に抱きしめられて眠った。
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