だって結婚に愛はなかったと聞いたので!~離婚宣言したら旦那様の溺愛が炸裂して!?~
「冷静にならないと」

 私しか乗っていないエレベーター内で、ぼそりとつぶやく。

 昨日の私は、彼の不貞を疑う場面を目の当たりにしてすっかり動転していた。というより、気持ちばかりが暴走していた。
 行きつく先は離婚だったとしても、もう少し言いようがあったはず。彼を説得して、納得させる話の進め方を考えるべきだったのだ。

「はあ」

 とはいえ、あの場で和也さんに別れることをすんなり受け入れられていたら、それはそれで複雑な心境になっていただろう。やっぱり私は彼に想われていなかったのだと、今頃しょげていたかもしれない。

 自分から言いだしておいてずいぶん身勝手だと、自身をあざ笑った。
 彼と別れてひとりになっても、生活に困りはしない。
 そう強気になる半面、彼に放り出されたら途端に無気力なってしまいそうだ。なにも手につかなくなる自分の姿が、容易に想像できた。

 もう少し時間がほしいのは私も同じで、三カ月の猶予をと言われたのはよかったのかもしれない。どんな結論に至るにしても、心の整理がつかなければ先に進めない。

 ただ、和也さんに愛を惜しみなく伝えていくと宣言されてしまったのは想定外だった。

「和也さんって、ああいう人だったの?」

 決して悪い意味ではない。
 彼はいつだって紳士で、私を大切にしてくれた。

 記念日やここぞという場面では、普段はなかなか行けないような高級なレストランにサプライズで連れて行ってくれる。私がなにかに迷っていれば、親身にアドバイスをしてそこから引き揚げてもくれる。
 安心して頼ることができる男らしいところも、私の好きな彼の一面だ。

 けれど、私の中で和也さんはある意味控えめな人という印象が強い。
 消極的とは違うが、懐が広くて常に一歩引いていると言った方が適当かもしれない。

 一点に集中して突っ走る傾向にある私とは違い、彼はいつだって俯瞰で物事を見る。だからこそ、私が助けを必要としている場面にもすぐに気づけるのだろう。

 その寛容さで、なにかと仕事を優先しがちな私を文句も言わずに受け入れてくれる。それどころか、邪魔にならないように配慮してくれているのは気づいていた。
 和也さんにとって真っ先に優先するのは私の事情で、自身の希望や願望を強く主張することはまずない。
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