離婚を前提にお付き合いしてください ~私を溺愛するハイスぺ夫は偽りの愛妻家でした~
 しばらくして美鈴のところへ戻ってきた千博は「ごめん。行こう」とだけ言って、また帰り道を歩き出した。

 美鈴はどうにも千博のことがわからず、探るようにぽつりと一言こぼす。

「優しいんだね」

 口に出した後で、今のは意地悪な言い方だったかと思ったが、千博に怒った様子はない。ただ少し気まずそうにしながら言い訳を述べてくる。

「別に……僕という人間ならこうすべきと思っただけだ。ただの癖だよ」

 優しくする演技が染みついていると言いたいのだろう。美鈴はなるほどと納得するも、果たしてそれは演技なのだろうかと疑問に思う。

 いくら自分を作っていても、今のようなことは簡単にできることではない。優しいところを見せつける相手もいないのだから、動く道理もないはずだ。

 もはやその優しさは本物なのではないか。そんな疑問が生じる。

 そもそも自分をよく見せたいという感情は誰しも持っているもので、大小の差はあるにしても、他人の前で自分を偽ることは特別おかしなことではない。

 だとすれば、過去の千博のすべてが嘘とは言えないのではないだろうか。

 偽りの愛は許せないにしても、今の千博と昔の千博を別の人間のように思い込むのは間違っているのかもしれない。

 本当の千博を知ろうと少し躍起になっていたが、もっと自然に千博と時間を共有する方がいいのではないだろうか。そんな考えが美鈴の中を巡っていた。
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