離婚を前提にお付き合いしてください ~私を溺愛するハイスぺ夫は偽りの愛妻家でした~
 美鈴はほっと息をつく。きっと磯崎なら他言などしないだろうし、今後詮索してくることもないだろう。鉢合わせたのが彼で助かったと安堵する。

「美鈴。ほかに忘れてるものはなさそうか?」
「え?」

 ほっとしているところに声をかけられて、言葉の理解に少し時間がかかる。一瞬の間を置いて、忘れ物がないか確認するよう言われているのだと気づき、慌てて鞄の中を見返す。

 携帯に、財布に、名札。細かなものはさておき、必要なものはすべて入っているように見える。

「あー、うん。大丈夫。ごめんね」
「いや。大丈夫なら行こう。車は近くの駐車場に止めてあるから」

 頷いて千博の進む方向へついていこうとすれば、不意に右手が温かなものに包まれる。とても久しぶりのその感覚は隣の千博がもたらしているもの。千博の手がしっかりと美鈴の手を握っている。

「っ!?」

 突然のことに驚き、思わず千博を見やる。微笑みも、不快な表情も、何も浮かべていないその顔を見ても、千博の気持ちはわからない。

 離婚の話をして以来、手を繋いだことなど一度もなかったのに、なぜ今それをするのだろうか。いくら考えても千博の真意はわからない。

 ただただ戸惑うばかりで、千博に直接確かめることもできず、美鈴の右手はずっと千博に握られたままだった。

 車の前まで到着すると千博が助手席のドアを開けて、美鈴を中へ促す。

「乗って」
「……うん」

 そこでようやく繋いでいた手が離される。戸惑いの原因がなくなってほっとすると共に、言いようのない寂しさに襲われる。

 美鈴はその寂しさを誤魔化すように、助手席に乗っている間、両手を重ね合わせてぎゅっと握りしめていた。
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