離婚を前提にお付き合いしてください ~私を溺愛するハイスぺ夫は偽りの愛妻家でした~
「よかった。顔色少しよくなったね」

 愛がないなら、どうして心配してくれるのか。そんな気持ちもあれど、心配させるようなことをしてしまったことは純粋に申し訳なくて、美鈴はまた謝罪の言葉を口にする。

「ごめんなさい。昨日よく眠れなかったみたいで……まさか映画の途中で寝てしまうなんて……」
「気にしなくていいよ。映画はまた見に来ればいい。ね?」
「……うん」
「それに、次に見に来るときまでに、これを読んでおくのもいいんじゃないかな」
「え? これ」

 千博が手渡してきたのは一冊の本。タイトルは『For our future and past』。今日の映画の元になった小説の原題だ。本を開いてみれば、中にはびっしりと英語が連ねられていて、これが英語原文の小説だとわかる。

 話題になっていることもあり、翻訳版は書店にたくさん並んでいるが、さすがに原文のものはその辺の書店にはないだろう。わざわざ美鈴のために取り寄せてくれたものだとわかる。

「原作も気になっているみたいだったから買っておいたんだ。本当は映画を観終わった後でプレゼントしようと思っていたんだけど、こっちが先というのも悪くないかと思って」

 愛に溢れているとしか思えないプレゼントに胸が締めつけられる。

 千博の愛が嘘だったとして、理想の妻を置いておくための手段だったとして、果たしてここまでのことをできるものだろうか。ただ表面上の愛を演じるだけなら、もっと適当な対応でもいいはずだ。

 こんなにも素敵なプレゼントは、美鈴のことを深く理解しようとしている人でなければできるはずがない。とてもとても嬉しくて、涙が浮かびそうなほどなのだから。

「千博さん……ありがとう。すごく嬉しい。本当に、嬉しい」

 ずっとやわらかな笑みを見せてくれる千博に、やはりこれが本当の千博なのではないかという思いが強くなる。

 千博があんなことを言ったのは、何か事情があったのではないか。あの言葉たちが偽りであって、美鈴の前の千博こそ本当なのではないか。

 もしもすべてが嘘だというならば、ひどく長い夢を見ているに違いない。美鈴にはそうとしか思えなかった。
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