はるけき きみに  ー 彼方より -
 それを見るともなしに宋念が見ている。

 そして、
「その名前はわからないのです。香苗さまは住職に告げたそうでございますが・・」
 と言ってから、
「ですが、信安様はそのあと記憶が鈍ることがありまして」

 最初は、信安の考えでその名を伏せているように思った。
 だが時間が経つごとに、伏せたそれが彼のなかでも混濁しているように見えた。

「そういう事情でございまして、私はその名前を知らないのです」

「そう・・ですか。でも今のお話では父はその名前を知っていたのですね」
 確かめるようにもう一度聞いた。

「はい」

 カコーンと音がする。
 庭の鹿威しだった。

 澄み切ったその音色が、遠回りして耳にたどり着いた。
< 133 / 139 >

この作品をシェア

pagetop