はるけき きみに  ー 彼方より -
「ああ、だから・・」
 紫音がつぶやいた。
「父の、丹波の手紙には 【檀家の方に、思慮ある行動をお願いしたく・・】とあったのですね」

「誠にそのことについては当院の落ち度でございます。紫音様にも大きなご迷惑をかけてしまうことになって申し開きが出来ないと、これこの通りでございます」
 頭を床に擦り付けて詫びた。

 部屋に沈黙が訪れた。
 鹿威しが間遠に響いている。


 寺男が茶を持ってきた。

 宋念は湯気がたつそれを見ていたが、
「この上で、まことにぶしつけながら、長い間疑問に思っていたことがあるのですが」
 と言いかけて、つぎには迷うように口ごもる。

 紫音がうながすと、

「その、二十年前のあの宴の席のことなのです。宴会の当日、おそらく勧められた酒に何かの薬が入っていたのでしょう。ですが、そんな薬があるのでしょうか、飲んだだけで意識が無くなってしまうようなものが」

 首をひねってからまた、
「体をむしばんで死に至る毒薬なら有ります。しかし香苗さまは一定時間を過ぎると元の状態に戻った、なんの支障もないほどに。それは巧妙なものだと思われます。だが、そんな薬があるなどとは聞いたことがないのですが」
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