はるけき きみに  ー 彼方より -
「たぶん、そいつは鹿島の手先だ」
 帰った八重にマシューが言う。
「それにしてもやけにしつこい気がするな」

「もしかしてなにかを探っているのかもしれないよ」
 サジットもうなずいた。

 紫音は、
「その男は? 見たことがない人だったの」
「知らない人です。侍ではなかったし、町人という感じでもありませんでした。とにかく目つきが鋭くて」
 思い出してまた震えている。

「とにかくそいつは紫音を探しているんだ。君はしばらく外に出ないほうがいいね」

 ええ、とうなずいて何かを考えている。
「もしかして、まだ私が堺にいることが問題になっているのかもしれないわ」
「・・君が、堺にいることが?」

「私は一年前にこの街を所払いになっているのよ。今回は地区の排水で呼ばれたんだけど、それももう片付いたでしょう。だから」
「だからってまたあの下乃浜に帰ろうっていうのか」

「帰りたくはないのだけれど」
 仕方がないと笑っている。

 マシューが首をかしげた。
「いや、君がこの堺にいることだけでこんなに大掛かりに動くだろうか。いま鹿島の手先が動いているのはもっと別の理由があると思うよ」
「べつの理由?」

「そうだ。それを探るためにも知っておきたいことがあるんだ。紫音、今までのことを話してくれないか」
「・・え?」

「まず一年前の父上の篠沢丹波殿に起きたことだ。そして君がなぜあの下乃浜に流されたのか。それを知れば少しでも見えてくることがあると思うんだ」

 紫音がゆっくり、そして深くうなずいた。
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