クールなエリートSPは極悪か溺甘か ~買われた新妻は偽りの旦那様の執愛から逃れられない~
社長室に戻ると、デスクにいた父が何やら慌てた様子で顔を上げた。

「ああ、凜。すまないが、急ぎ頼まれてくれないか。 午後から西園寺グループの社長がお見えになるんだが、お茶菓子を忘れてしまってな」

普段、取引先と顔を合わせる時のお供は自ら調達してくるのがポリシーの父が、珍しい。

最近は本当に忙しくしているし無理もないだろう。
私は二つ返事で了承し、お使いに会社を出た。



『文月と名乗れば用意があるだろう』と言った父の言葉通り、一刻堂という名菓を誇るお店では上客扱いされてしまった。父が懇意にしているのは知っていたが、ここまでとは。

娘の私にも終始笑顔でもてなしてくれ、おまけのお菓子に好物のカステラまで頂いた私はすっかり上機嫌で会社までの道のりを歩いていた。

真司さんの一件以降会社と家を往復する毎日の中、束の間の外の空気に、この時ばかりは気が緩んでいたと思う。

突然、後ろから肩を掴まれ、私は驚いて身を固め振り返る。

「ひ、久しぶりだね、凜ちゃん…!」

しゃがれた声でそう言ったのは、元婚約者で全ての元凶、水谷真司だったのだ。

「真司さん!? ど、うして…」

何故彼が私の目の前に現れたのか。急すぎて状況を理解できず、怪訝な顔で彼を見つめることしかできない。

「凜ちゃんに、お願いがあって来たんだ。君がひとりになるのをずっと待ってたから、ようやくこうして話せて嬉しいよ」

背筋がスっと凍るのを感じた。ずっと待ってたって、どういうことなの…?
それによく見たら、彼の様子はどこかおかしい。素行に問題があれど御曹司の彼はいつも上質なスーツを纏っていたのに、目の前にいる彼は萎れた服に髪もぼさぼさ。まるで清潔感がなく、どこか狂気じみた表情も何もかも数ヶ月前とは変わり果てていた。
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