エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜
柊哉side
 すぐに彼女の病室へ向かったが、診察中のようなのでドアの外で終わるのを待っていると結城が出てきた。
 「来てたのか。診察は終わったから後はごゆっくり」とニヤニヤしながら俺の肩をポンと叩いて行く。
 
 正直、彼女に会って何を話すかも決めていない上にどんな反応をされるのかと思うと少し躊躇ったが、一度深呼吸をしてからドアをノックした。
 返事を聞きゆっくりとドアを開けると、可愛らしい薄いピンクのパジャマを着て肩下まである髪の毛を下ろした彼女が身体を起こしてこちらを見ていた。二.三秒間がありキョトンとしていたが、何かに気づいた様にハッと目を見開いた。
 「入ってもいい?」と一応入室の許否を問うと、驚いた様にフリーズしていた彼女が慌てて佇まいを正し「は、はい。どうぞ...」と恐る恐るといった感じで入室を許可してくれた。
 「体調はどう?昨日よりだいぶ顔色は良くなったように見えるけど」
 「は、はいお陰様で...。あの...香月先生、ですよね?」
 「まだ名乗っていなかったね。今日からここの脳神経外科に戻った香月柊哉です」
 「ク、クラークの宮野優茉と申します。この度は大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」
 「迷惑なんて思っていないよ、治療したのは結城だし」
 掛け布団におでこが付くほど勢いよく頭を下げた彼女だが、俺の言葉にゆっくりと顔を上げるとほっと安心した顔をしたかと思えば、「あの時先生が通りかかって下さって本当に助かりました。ありがとうございました」と今度はふわっと可愛らしい笑顔を見せてくれた。

 「ちなみに、喘息はいつから?」
 「えっと... 子どもの頃からなんです」
 「カルテには健康診断の記録ぐらいしかなかったけど、他の病院にかかっていたということ?」
 「はい、今は別の病院に。実は子どもの頃はここの小児科に通っていたんですけど、もう十数年も前なのでカルテは残っていないかと...」
 「なるほど。入院するような事は初めて?」
 「子どもの頃は何度かありましたが、大人になってからは初めてです...」と今度は少し罰が悪そうに目を逸らす彼女。

 ベッドサイドに置かれた荷物が目に入り、何気なさを装って質問を続ける。
 「荷物はご家族が?入院は長引きそうなの?」
 「さっき着替えを届けてもらいました。結城先生には最低でも三日間と言われましたが、まだ期間は決められないと...」
 「貧血もあったみたいだし焦らずゆっくり休むといいよ」
 「はい、お仕事の事もあるので早く復帰出来るように頑張ります」
 「ふっ、俺の話聞いてた?喘息も貧血も長期戦だろうから、焦ることはないよ。仕事は皆んなで回すものだし」
 「あ、すみません...」そう今度は少し恥ずかしそうに頭を下げた。
 あたかも医者としての質問をしているように会話を続ける俺に、この数分でも様々な表情を見せる彼女から目が離せなくなっていた。

 荷物の横に卵焼きのようなものが入ったパックが見えていて「それは?」と指さすと今度は嬉しそうに微笑む。
 「だし巻き卵です。私の好物なので持ってきてくれたんだと思います」
 「お母さんが?」
 「いえ、祖母です。母は亡くなっているんです」
 「...ごめん、掘り下げたことを聞いて」
 「いえ、亡くなったのは私が一歳になった頃なので。お気になさらずに」そう言って微笑んでいる彼女の笑顔は、あの時と同じように儚さと少しの憂いが含まれているように見えた。
 その表情を変えたくて他の話をしようと思った時、病棟からの呼び出しが入る。
 「ごめん、呼び出しだ。昨日より元気そうな姿が見られて安心したよ。また倒れないように無理はしないようにな。じゃあお大事に」

 病室を出て病棟へと歩きながら、先ほどの会話を思い出す。警戒されている雰囲気も伝わってきていたのに、彼女の顔を見た瞬間から感じていた事を確かめずにはいられなくなっていた。
 医療的な質問を装って過去の入院歴を聞いたり、わざと母親の存在を確かめたり...。やりすぎたか?変な奴だと思われただろうか...。
 でも後悔はしていない。俺は確信したから。
 さっきの会話の内容と、パジャマ姿に少し癖のある髪、幼さが残る素顔。
 やっぱり彼女は、あの時の女の子だ。
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