弟、お試し彼氏になる。
悠といると、自分が「絢」だという認識がすごく強くなる。
他の誰にでも呼ばれたら無意識に返事をするものだし、とてもおかしな表現だとは分かっていても、そうとしか言えなかった。
「……絢。ね、聞いて。好き……可愛い」
「き、聞いてるよ。真上からすごい浴びてる……! 」
(……あ、笑ってる)
何かを我慢したような笑い方じゃなくて、本当に楽しそうな顔を見るのは嬉しい。
でも、その笑い方は反則だ。
可愛い攻撃の時はねっとり――いや、しっとりと甘いのに、少し掠れたような色気のある笑い声は、耳を通って心臓まで一気に届き、やさしく締めつけてくる。
「だって、絢のベッド狭いし。そりゃあ、ぺとーってくっつくよね」
「そ、それはごめん……けど」
確かにベッドは小さいし、狭い。
恋人同士ともなればくっつくしかないし、くっつけばあちこち触れ合うし、首筋に悠の唇が当たるのも仕方ない――。
(……思考ヤバすぎ……!! )
「んーん、ごめんじゃないよ。だって、俺には文字通りオイシイもん」
ペロリとそのまま舐められて、目を閉じる。
思わずその感触の方を見てしまえば、仄暗く、それでいて熱いような目に見つめられて、まともな思考能力が保てなくなるから。
「まあでも、いつでもうちにおいでね。絢が好きな時に来ていいし、好きなだけいてくれていい。不安だろうから言わないだけで、本当はここ引き払って一緒に住んでくれて構わないんだよ。っていうか、いつか、そうしてくれたら嬉しいな。……あ、言っちゃった」
わざとらしく可愛く付け足されたら、目を開けずにはいられなかった。
「やっと、こっち見てくれた」
「……悠が、恥ずかしいことばっかり言うから」
「えー、そっかな。事実しか言ってないのに。それに、それだけ? 恥ずかしいからだけ……? 」
珍しく意地悪だ。
でも、そんな悠も嫌じゃない。
クスッと笑ってふと息を吐いた悠は、一瞬だけどこか遠くを見て、すぐに私に視線を戻してから話してくれた。
「……嫌われると思ってた。弟であること以上に禁忌みたいに……悪魔かモンスターを見るみたいな反応、覚悟してたから」
「……そんな……。正直まだ、腑に落ちてはないけど。悠を好きなことは変わらないよ。今更弟だとも思えないし、そんな……そんなふうに見えない」
悪魔、モンスター、サイコ。
悠が自分を表すのがそんな言葉だなんて、絶対に嫌だ。
「絢は優しい。そんな俺と知っても一緒にいてくれて……抱かれるなんて」
「……悠!! 」
でも、それよりももっと酷い。
恐らく、わざと言ったんだろう。
自分を傷つける為に。
「優しいから一緒にいるんじゃない。好きだから、私が悠にいてほしいの。私が……私が大好きな彼氏と、その、し」
「……知ってる。俺がそう言ってほしくて、絢に言わせたんだ」
違うのに。
全部、自分の意思なのに。
「だから、安心して。言われたでしょう? 全部、俺の思惑通り。絢は何も悪くないよ」
「そんなの、ちっとも安心できないよ。ちゃんと、悠の口から聞きたい。それから……」
好きって言って。
さっきみたいに、何度も何度も甘い声で、たくさんの「可愛い」と一緒に。そしたら。
「……私も、悪魔かモンスターになってあげる。悠が自分をそう思うなら、私ももうなってるかも」
「感染するの? 絢が言うと、急にB級ホラーみたい」
悠の両頬を挟んで決意表明したのに、なぜそこで爆笑されるの。
「可愛いすぎてシリアスにならない。……絢は、ホラーで悲劇のヒロインにはならないよ。俺にとって、絢はお姫様だけど」
「意味分からないけど……悲劇じゃないんだから、当たり前だよ。悠は幸せにするって言ってくれたし、既に私は幸せ。誰に反対されても、何も変わらない。だから、教えて。今、言えることだけでいいから」
悠の喩えをなぞらえるなら、私はハッピーエンドの先を行きたい。
たとえ、「めでたし、めでたし」じゃなくてもいいから。