弟、お試し彼氏になる。







夢を見ていた。
お母さんが小さな悠と、何か話している。
これは完全にお父さんから聞いた話で、本当にそうだったかは分からない。
だから、夢だ。
それに、声が聞こえる。


「……なんで、絢を傷つけるの」


悠の声。
でも、私と話している時の声よりもかなり低く、とても冷たい。
悠がそんな声を出すわけないから、これも夢に決まってる。


「用があるなら、直接俺に言えばいい。まあ、何をいくら言われたって、絢を諦めたりしないけどね。誤算だった? 絢が怖がって別れるの狙ってたんだろ。残念だったね。絢は、俺のこと愛してくれてる」


そう、私は悠が好き。
だから、悠がそんなふうに怒ることはないの。


「何もかも、俺が思った以上だったよ。絢は可愛いし、そんな話聞かされた後も俺といるって言ってくれた。絢は、優しいんだ。勝手に傷つけないでよ」


「大丈夫だよ」と、悠の手が伸びてきた。
少し慌てて頭を撫でてくれたのは、悠が私を怒ってると誤解させたと思ったのかも。
大丈夫、私、分かってるよ。
悠は、私に優しい。


「ああでも、父さんには感謝してる。母さんと結婚して、何でか(・・・)今頃になって離婚してくれて。それがなかったら、絢も躊躇しただろうし。あ、もちろんこれからも母さんは母さんだと思ってるよ。だから、できれば賛成してほしいと思うんだろ。絢だって、今も二人を両親だと思ってるんだから」


そうだね。
離婚の理由は知らないけど、なぜか二人ともまだ一緒にいるし。
別にそうじゃなくたって、親子だってことは変わらない。
ただ、私と悠の関係が変わっただけ。
それは、両立する、でしょ?


「父さんの気持ちも分かるよ。絢の父親としては、もっとまともな男と結婚してほしいよね。もっと普通に、他の人も愛せて、愛せなくても関係できて、それが苦痛じゃない普通の男。俺には無理だから、申し訳ないけど。でもそれって、絢は幸せなの? 」

そんなの、嫌。
それが普通なら、欲しくない。


「俺だって、自分の頭が正常だなんて思ってないよ。絢しか見えないことが歪んでるっていうなら、そう。俺は異常者だ。それでも、絢だけは大切にできる。……ね、絢。約束したもんね」


ああ、最後のこれは私用の声、言葉。
だから、こくんとうなずくと、嬉しそうなクスッという音がした後、そっと瞼に口づけられた。


「絢が起きそうだから、切るよ。……とにかく、これ以上絢を泣かせないで。俺だって、後悔してるんだ。子どもの俺を張り倒してやりたいよ。弟になんかなっちゃったから、余計な時間を費やした。これ以上、絢といられる時間を無駄にする気、ないから」


『ちょっと待て、悠。少し話を聞け。さっき、何て言った? 結婚? 』


お父さんの声が大きくなったからか、悠が側に来てくれたからか、会話の内容がよりはっきりと聞こえる。


「聞こえてんじゃん。そりゃ、そうだよ。絢なんだから。絢は、遊ばれるような子じゃないでしょう? そんな女性じゃない。ちゃんと、結婚前に付き合ってるに決まってる。……ん、そうだよね、絢。ごめんね、変なこと言って。ん……うん。俺も。大好きだよ、絢」

『だから、ちゃんと話を……絢ちゃん、そこにいるのか? 本当に寝てるだけなんたろうな。ちょっと彼女に……悠? はる……』


私も大好き。
でも、お父さん何か言ってる――……。


「……っさいな。だから、起きちゃうって言ってんだろ。……ごめんね、絢。まだ、寝てていいからね。疲れたでしょう」


――切れた。切っちゃった……?

でも、確かにまだ眠い。
ううん、それよりこうして撫でられるのが心地よくて、微睡んでいるところにそっとキスされるのがドキドキして擽ったくて。
何だか分からないけど、このままでいたい。

――いたい、気がする。



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