弟、お試し彼氏になる。
そんな気持ちを跳ね除けてくれるように、春さんは翌日もメッセージをくれ、音声通話もしてくれた。
『でね、その設定が斬新で……ごめん、つまんなくない? つい語っちゃって』
「ううん。私もそういうの好きだし」
『よかった。でも、いきなり友達すっ飛ばす為の自己紹介なのに、こんな怖い内容の本について語るべきでもなかったよね』
その作者の小説、つい最近映画化されたばかりで気になっていたのは本当。
でも、ミステリーとはいえ話題の映画を一人で観に行く気にもなれず。
春さんに教えてもらわなければ、本を手に取ることもなかったのも本当だ。
「今度、読んでみる」
『あ、うん……』
「えっ? 」
せっかく語ってくれていたのに、気分を削ぐようなことを言ってしまっただろうかと自分の発言を振り返っていたら、春さんが少し慌てたように続けた。
『ごめん、違うんだ。つまり……そんなの貸すよ、って言いたいのを我慢したら、妙な間が空いた。……ごめんね』
「……へ……」
間抜けなほどぽかんとしてしまったのは、私の方だ。
だってそんな、まさか――……。
『たった二回電話しただけで、何言ってるんだろ。……ごめん、忘れ……』
――そんな、わけ。
『……られたら嫌だな。何の為に登録したんだって話だし。……白状するとさ、俺』
――今、君のこと口説こうとしてる。
『分かってる。まだ二回目だけど、すぐどうこうって怖いよね。登録自体、すごく迷った感じだったし』
「……うん……。ごめんね、けして春さんが怖いというわけじゃなくて。登録しておいて意味不明なんだけど、どうしても抵抗があって……普通に誰かの紹介とか、合コンとか、そういうのだって安全なわけじゃないのは分かってるんだけど。第一、それも必要ないっていうか」
『そんなことないよ。自己防衛は大事だと思う。あ、それにこのアプリ、勝手に約束して会うの、禁止だったよね』
「えっ、そうなの? 」
そうだったんだ。
じゃあ、本当に何の為の出逢いなんだろう。
『本当に全然調べてないんだ。何でも、ひやかしも遊び目的も禁止、最後で唯一本当の出逢い……ってやつらしいよ。少なくとも初回はこのアプリを経由してからじゃないと、一切会えないみたい。連絡先の交換とか、会う約束をアプリ上でやると削除されて強制退会なんだって』
「経由? 」
「もう……」と、ちょっと呆れたみたいな笑い声が聞こえてきて、ドキッとした。
変わったシステムのわりに、もちろん普通のアプリだというのに、まるで耳元で囁かれたように感じるのは、私は恋に落ち始めているんだろうか。
『パーティー? 顔合わせっていうのかな。定期的にそういうの開催されてるらしいよ。ただ、誰でも参加できるわけじゃなくて、お互い好意があって初めて招待されるみたい。だから、安心して』
「べ、別に疑ってないよ」
『どうだか。だって君、焦ってるでしょう』
(焦りますよ、そりゃ……)
顔は見えなくても、声も話し方も好き。
たぶん、気を遣って話を振ってくれてるんだとは思うけど、趣味も合いそうだ。
そんな人から「口説く」なんて言われて落ち着いていられるほど、経験もなければ慣れてもいない。
『ごめんね』
「……いや、だから……」
まだ、そんな変な心配するほど、自惚れたりはさすがに――……。
『ううん。だって俺今、いい傾向だって思っちゃってるから。だから、ごめん。困らせてるとは思うけど、少しくらいは見込みがあるって期待してる』
――しちゃ、いけないかもしれないのに。