弟、お試し彼氏になる。








次の週末。
春さんが教えてくれた本を一気読みした私は、一人映画館に来ていた。


(土曜の朝イチの上映、思ったより空いててよかった)


本当は、昨日仕事終わりに行こうかなって思ってたけど。


(夜は、連絡あるかもしれないし……って思ってたら、架けてきてくれたし。やっぱり、今日にしてよかった)


ポップコーンを買うのも、一体いつぶりだろう。
もちろん作品自体も楽しみだけど、犯人が分かったばかりのミステリー映画をすぐに見たくなったのは、早く観終わって彼に報告したいという気持ちが勝っていた。


(……って、私ってば)


最近、春さん軸で物事を判断しすぎる。
これって、最早好きになってしまったのでは?
恋愛なんて久しぶりすぎて、感覚を忘れてしまったけど。
春さんの言葉を借りるなら、「いい傾向」ってことかもしれない。
でも、親からのLINEを既読スルーしてしまったのはよくなかった。
いや、言い訳にもならないけど、春さんとの通話が終わったら返そうと思ってたら深夜になってしまい。
結局、朝に返事してしまった。
それにしても、いきなり「話したいことがあるんだけど」なんて、改まって何だったんだろう――……。


「……っあ、」

「……す、すみません……!! 」


考え事しながら、片手でスマホでQRコードを出し、もう片方でポップコーンを持った私は、全然周囲を見てなくて。
側にいた男性に、思いきりポップコーンを浴びせてしまった。


「……いえ。大丈夫ですか? 」

「す、すみません……」


嫌な顔はされてなかったと思う。
でも、恥ずかしいのと申し訳ないので、咄嗟に俯いてしまったけど。


(……? なんか、聞いたことあるような声……)


そう思ったのは、一瞬だった。
その「あり得ない」感覚が一体何からくるのか思い当たる前に、頬がじわじわと熱くなっていく。


「……ねぇ。その声……アヤ、さん? でしょう」

「……っ」


(そんな……こと、って)


起こるものなんだろうか。
そういえば、あれがマッチングアプリである以上、会える距離内に彼は住んでいるのは何となく分かってた。
でも、まさか、こんなに近くにいて、偶然遭遇するなんてあり得る……?


「……違った? 」


恐らく、彼はもう私だって確信してる。
そのうえで逃げ道を用意してくれたんだって思うと、もう後には退けなかった。


「……っ、違わない。本当に春さ……」


勇気を振り絞って顔を上げて、またあり得ない発想に身体が固まる。


「……うん。本当に俺。分かる……? 」


(ハル……そんな、まさか)


「顔は覚えててくれたんだ。声は……分かるわけなかったか。通話だし、顔は見えないし……もう何年も会ってないもんな。仕方ないよ。そのおかげで、連絡取れたんだし」

「……はる……か」


――いきなりできた、血の繋がらない弟のことなんて。




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