弟、お試し彼氏になる。



今まで楽しく話してた、マッチングアプリで出逢った人がずっと会っていない弟だった――……。


「とりあえず、映画始まるし。観てからにしない? 」

「……か、帰る」


自分の馬鹿さ加減に、恥ずかしくて泣きそう。
一刻も早くここから出て、解約しなくちゃ。


「なんで。映画観るだけ。何もしないよ」

「……やっ……」


いけない。
これ以上、ポップコーンを撒き散らしちゃ。
それもそうだけど見当違いの考えが浮かび、手首を取られたまま動けない。


「……弟とだって、一緒に映画くらいは観るんじゃない。俺は知らないけど、たぶん世間一般的にはさ」


注目を浴び始めたのと、絶えず注がれる甘い視線に挟まれ、よりいっそう身動きが取れなくなる。
確かに、映画くらいは観るんだろう。でも――……。

――手は、あんまり繋がないはず。


「……席、違うでしょ」

「誰か来たら退くよ」


ちゃっかり隣の席に着いたのは、もうどう見てもあの悠にしか見えない。
文句を言いたくなったのを我慢できたのは、周りに迷惑だからじゃなくて、私自身が何も言いたくなかったのかもしれない。
隣を気にせず集中すると決めて観た映画は、悲しくなるくらい面白かった。



・・・




「説明させて」


場内が明るくなったと同時に立ち上がる私に、予想してたとばかりにまた手首を握った。


「馬鹿な姉をからかってた。……そんなの、説明されなくても分かってるよ」

「……それ、本当にここで否定されたいの? できないって思ってるなら、俺はやるよ」


(……結局、お姉ちゃんなんて呼ばれたこと一度もなかった)


それをここで、劇場のなかなかいい席で言われたら。
何よりも他の人に迷惑だし、手を繋いで立ち尽くしている私たちは既に邪魔で注目の的だ。
悠は他の目なんか気にせず、きっと宣言どおりにするだろう。
そう判断しても、恥ずかしいよりも辛いの方が大きくて、ここでも私は大人しくなるしかなかった。


「久しぶり……だね。来てくれたらいいなって思ってたけど、まさか本当に会えるとは思わなかった。すごく嬉しい」


行動パターンが読まれていた。
今住んでいるところも、最寄りの映画館も。
それも、弟なら可能だったというだけ。


「弟なら、当然? ……確かにね。母さんから聞いて、今住んでるとこも大体知ってたし、土曜の朝は比較的交通機関も空いてて、人混みも避けられる。せっかくの休み、睡眠よりのんびり過ごすのを優先する習慣も、何となく覚えてた。それは、弟として一緒に暮らしたからこそ知ってたことだ」


「嬉しい」という自分の感情を勝手に打ち消されるのを予測していたみたいに悠はすぐに肯定して、間を置かずに更に続けた。


「だとしても、この映画を観るって決めたのは絢自身だろ。俺が話したことに興味持ってくれて、次に俺と話す時に伝えたいって……そう思ってくれたのも、俺が強制できたことじゃない。……違う? 」


(……違わない)


無言になったことで、私も悠もきっと一瞬でお互いのことを察してしまった。

――私は、惹かれ始めた男性と繋がりを絶やしたくなくて、今ここに来たんだってこと。





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