あなたが運命の番ですか?
 8月中旬になり、決闘シーンで行われるアタシと前園先輩の殺陣の稽古が始まった。
「うーん、なんだろうなぁ?全体的に悪くはないんだけど、星宮さんがちょっと逃げ腰気味かな?この決闘は小十郎が啖呵切って申し込んだ物だから、猪三郎よりも強気な感じが良いと思うんだよね」
「は、はい……」
 部長の鋭い指摘に、アタシは肩をすぼめる。

「逃げ腰気味」なのは、アタシが前園先輩にビビっているせいだろう。
 普段の前園先輩は猫背なので気にならないのだが、演技中の背筋を伸ばした先輩はかなり身体が大きくて威圧的だ。
 アタシのほうから責めていく時は大丈夫なのだが、前園先輩のほうから責められる時にどうしても怯んでしまう。
 演技と分かっていても、怖い顔をしたアルファ男性に勢いよく近づかれると、反射的に恐怖心が湧く。
 それに、前園先輩の動きは速くて、ついていくのに精一杯だ。

「星宮さん、もしも怖いなら、もう少し動きをゆっくりにするけど……」
 前園先輩は、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「あっ……、いえ、大丈夫です。今のままでお願いします」

 猪三郎は、男として生きている小十郎の意思を尊重して、手加減なしに本気で斬りかかってくる。
 前園先輩のあの速い動きと力強さは、そんな猪三郎の想いを現しているのだ。
 アタシのせいで前園先輩の演技を台無しにしたくない。

 アタシが逃げ腰になっているのは、きっとアタシの役作りが甘いせいだ。
 設定上、猪三郎と小十郎は、アルファ男性とアルファ女性だ。それは、演じている前園先輩とアタシも同じ。
 アルファ女性の小十郎は、アルファ男性の猪三郎に怯むことなく戦えている。
 アタシが完璧に小十郎を演じられれば、アタシが前園先輩に怯むことはないはずだ。
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