あなたが運命の番ですか?

彼女は僕のお姫様じゃない

「――ごめんね、あんまり面白い話じゃなかったでしょ?」
 自身の過去を語り終えた橘先輩は、自虐的に笑った。
「いえ……、話してくれてありがとうございます」
 私は微笑みながら、橘先輩に感謝を述べる。
 ずっと自分の殻に閉じこもっていた橘先輩が、自分の辛い過去や胸の内を話してくれたことが、私は純粋に嬉しかったのだ。

 佐伯先輩――。アルファ棟で、私が水瀬先輩に絡まれていたところを助けてくれた人だ。

 ――お前って、昔っから()()()()()だよな?

 あの時、水瀬先輩が佐伯先輩に対して吐き捨てた言葉。あれは、橘先輩との過去についての厭味だったようだ。
 アルファに絡まれているオメガを助けてくれる、真っ直ぐで正義感のある佐伯先輩――。
 そんな佐伯先輩が、橘先輩の過去にここまで関わっているなんて思いもしなかった。

 橘先輩はおそらく、佐伯先輩のことを恨んでいるわけではないのだろう。
 むしろ、橘先輩が恨んでいるのは、自分自身なのだと思う。オメガに生まれ、アルファの佐伯先輩に恋心を抱いてしまった自分を嫌悪しているのだ。

「何となくですけど……、私も先輩の気持ち、分かる気がします。もしも、私が星宮さんに恋心を抱いて、それを星宮さんに拒絶されたら、私も自分のことが嫌いになっちゃうと思います」
 私は正直に、自分が思ったことを述べた。
 私と星宮さんが同じ状況になったとしたら、私は星宮さんに拒絶されたことよりも、「友達」の気持ちを裏切ってしまったことにショックを受けると思う。
 そして、私も橘先輩のように、自分に嫌気が差して自暴自棄になってしまう気がする。

「ふふっ、ありがとうね、春川さん」
 橘先輩は困ったように笑う。

「……星宮さんのことだけどさ、一応彼女の名誉のために言っておくけど……、星宮さんからは1度もお金を貰ってないから。星宮さんとは、そういう関係だったけど、彼女は僕をお金で買ってたわけじゃないんだ」
 橘先輩は目を伏せて声を震わせながら、そう弁明した。
「……はい、それは……、私も星宮さんがそんなことする人じゃないって分かってますから」
 私がそう返すと、橘先輩は顔を上げてホッと胸を撫で下ろした。

「星宮さんってさ、珍しいアルファの女子だし、顔も結構僕好みだったんだ。今まで、大してタイプでもないアルファの男子ばっかり相手にしてたから、『こんな綺麗な子とヤれたらラッキーだな』って思ったの。要は、美人の星宮さんとセックスしたいって僕自身が思ったから、彼女だけ特別にタダで僕から関係を迫ったんだ。……たぶん、最初の頃の星宮さんは、僕が売春してること知らなかったんじゃないかな?」
「……たぶん、知らなかったと思います」
 私は、青山会長から橘先輩の売春行為について聞いた時の様子を思い出しながら答えた。
 あの時の星宮さんの驚きようは、明らかに「初耳」だったと思う。
 私の返答に対して、橘先輩は「やっぱり、そうだよね」と苦笑した。

「水瀬たちと違って、星宮さんと一緒にいる時間は楽しかったんだ。彼女は明るくて、こんな僕にも優しく接してくれるような良い子だし、何なら目の保養にもなるし……。でも、星宮さんと会うたびに、だんだんと他の奴らと関係を持つのが億劫になっていったんだ。次第にのらりくらりと誘いを断るようになって……、このまま星宮さん以外とは縁を切っちゃおうかな?なんて思ったりして……。そしたら、このザマ」
 橘先輩は自身の腫れた頬を指差しながら、「『身から出た錆』ってやつ」と自虐的に笑った。

「……橘先輩。もしかして、先輩って星宮さんのこと――」
 すると、橘先輩は首を横に振りながら「よく分からない」と悲しそうに呟いた。
 
「僕ってさ、こう見えて結構『男』なんだよね。ちゃんとした初恋は、男の佐伯だったけど……、元々は女の子のほうに興味があったし……。星宮さんが女の子で……、美人で……、しかもアルファだから……、僕は星宮さんのことが魅力的に見えたんだと思う。彼女に抱かれたい、って……。だから、僕の気持ちはただの『本能』で、『欲望』で……、君が思うような綺麗な感情じゃないよ」
 橘先輩は辛そうな表情で、声を詰まらせる。その姿はまるで、自身の気持ちを否定するかのようだ。

「……『恋』って、そんなに綺麗な感情なんでしょうか?」
 私の言葉に、橘先輩は「えっ?」と目を丸くさせた。
 
「わ、私も……、正直まだ恋愛のことはよく分からないです。でも、私だって前園先輩が、男子で、優しくて笑顔が素敵な人で、アルファだから……、とても魅力的な人に見えます。私も、前園先輩とそういうことしたい、って思います。……もしも、橘先輩の気持ちが『恋』じゃないなら、私の気持ちも『恋』じゃないんでしょうか?」
 私は思っていることを、そのまま橘先輩に述べた。
 
 橘先輩はしばらくの間キョトンとした表情を浮かべた後、「あははっ」と豪快に笑った。
「春川さんって、結構大胆なことを言うんだね」
「えっ?そ、そうですか?」
 橘先輩に「大胆」と言われて、私は今更気恥ずかしさを感じる。
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