あなたが運命の番ですか?
 バスローブ1枚だけを身に纏った私は、キングサイズのベッドに腰かけ、優一郎くんが浴室から出てくるのを待っている。
 勢いに任せて、ホテルに入ってしまった……。
 私は背徳感と期待を抱きながら、ソワソワとしている。

 私の無言の訴えによって、優一郎くんは私を連れてホテルに入ってくれた。
 私はもちろん、優一郎くんもおそらく受付のやり方を知らなかったようで、ホテルに入った直後「ここからどうしたらいいんだ?」と2人で辺りをキョロキョロと見渡す時間があった。
 しかし、幸いにも先客らしきカップルが目の前におり、パネル式の機械を操作して受付をしている姿を見ることができたため、私たちもそれを真似して入室することができた。

 入室した後、私たちはしばらくの間、部屋の中央に無言で立ち尽くしていた。
 私は居たたまれなくなり、「先にシャワー浴びてくる」と言って、荷物をソファの上に置いて浴室に逃げ込んだ。
 入室してから、私は優一郎くんの顔を1度も見ていない。浴室を出た後も、優一郎くんのことを見ることが出来ず、「俺もシャワー浴びてくるね」と言って私の横を通り過ぎる彼の足元だけを見ていた。

 これから起こることを想像すると、期待や不安、そして緊張で胸が押し潰されそうだ。
 あの時、優一郎くんの手を掴んで引き留めた私を、彼はどう思っているのだろうか。もしかすると、「卑しいオメガ」だと思われたかもしれない。

 色んな事をグルグルと考えていると、浴室の扉の開く音が聞こえて、私は固まった。
 私はバクバクと鼓動する心臓の音を聞きながら、自分の膝を見つめる。
 足音がだんだんと近づいてきて、私のすぐそばで立ち止まったかと思うと、ギシッと音を立ててベッドのマットレスが沈んだ。
 
 どうしよう。顔上げられない。何を話せばいいのかも分からない。
 私たちはしばらくの間、ベッドに並んで座り、押し黙る。その間、私の胸は壊れそうなくらい鼓動していた。

「――寿々ちゃん」
「へっ――!?」
 突然話しかけられて、私は思わず飛び跳ねそうになる。
 
「本当に、いいの?」
 優一郎くんは恐る恐る尋ねる。
「今から何をするか、分かる?」
 まるで子供に問いかけるような優一郎くんの口調に、私は胸がチクッとした。
 
 優一郎くんには、私が何も知らない無垢な子供に見えているのだろうか。それとも、無垢な子供でいてほしいのだろうか。もしそうなら、本当の私は優一郎くんの理想像からかけ離れている。

「分かってる……。分かってるよ」
 私は言葉を絞り出しながら、膝の上で拳を作り、それをジッと見つめる。
 
「ここがどういう場所なのかも、今から何をするのかも、全部分かってる。私だって、子供じゃないから……。私はずっと、優一郎くんとそういうことがしたかった。優一郎くんのことをもっと知りたいし、優一郎くんともっと深く繋がりたかった。だって、私は優一郎くんのことが好きだから」
 優一郎くんに幻滅されるかもしれない、という不安はずっと脳内にこびり付いている。しかし、私はそんなことに構わず、素直に自分の気持ちを述べた。

「ごめん。私は優一郎くんが思うほど無垢な女の子じゃ――」
「ごめんね」
 すると、優一郎くんは食い気味に謝ってきた。
 
「寿々ちゃんを不安にさせて、ごめん。ただ、俺が不安だっただけなんだ。もしかすると、俺のしたいことと、寿々ちゃんのしてほしいことは違うかもしれない。俺は今から、寿々ちゃんの理想とはかけ離れた姿を晒してしまうかもしれない。そしたら、君に幻滅されるかもしれないって、怖くて……」
 優一郎くんは声を震わせながら吐露する。
 
「俺は、少女漫画やドラマに出てくるようなカッコいい男じゃないから……。普通のアルファで、男なんだ。だから、汚い部分もたくさんある。それに、俺は寿々ちゃんのことを子供だなんて思ってないよ。だからこそ、君のことを邪な目で見てしまうんだ」

 優一郎くんの指先が、私の頬に触れる。太くて、皮膚の厚い指。
 私の頬に添えられた優一郎くんの手に導かれるように、私は彼のほうを向いて顔を上げた。
 そして、部屋に入ってから初めて、私は優一郎くんと目が合った。
 
 普段かけている眼鏡を外し、少し髪が濡れている優一郎くん。
 いつもは度のきつい眼鏡を掛けているから気づかなかったけど、優一郎くんって、結構目が大きいんだな……。
 私のことを見下ろす優一郎くんの目には、緊張と欲望が滲んでいる。
 いつもとは違う優一郎くんの顔。私にだけ見せてくれた雄の顔――。
 
「こんな俺でも、受け入れてくれる?」
 優一郎くんは少し頬を赤らめながら、問いかけてくる。
 優一郎くんの目を見つめていると、鼓動がどんどん早くなっていく。
 彼に触れられている頬も、どんどん熱くなっていく。このまま溶けてしまいそうだ。

「うん、もちろんだよ」
 熱を帯びた優一郎くんの目に吸い込まれるように、私は彼と唇を重ねた。
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