※修正予定あり【ぺちゃんこ地味系OLだけど水曜日の夜はびしょぬれ〜イケおじの溺愛がとまらない!?〜】
姉妹
外見に惑わされず中身で判断する石和にとって、桃瀬の心理状態はわかりやすい。初期の段階で避けられない苦痛を身に受けた恋人を気づかって、からだの距離を置こうとしたが、無用の配慮らしい(前向きな姿勢は少し意外だった)。
もっとも、セックスによって味わう興奮は、男と女では一致しない。躰のつくりが異なるため、快楽に感応しているように見えても、それは脳からの信号に化学物質が操作されているからである。ベッドの上で抱きあったとき、性表現の混乱は起こるべくして起こる。桃瀬の感性を石和は想像するかたちでしか体験できないのだ。
「理乃ちゃん、無理しないで。ぼくは、これでも反省しているんだ」
「反省は、わたしがするほうです。石和さんは悪くありません」
「理乃ちゃんは、がんばり屋さんだね」
痛みに臆病なじぶんを呪いつつ、石和との交際を遅延させたくない桃瀬は、むやみに早口となり、必死に会話した。いつまでもベッドインに消極的では、心が離れてしまうかもしれない。……こんなにやさしい石和さんが、初めてのひとで本当によかった。……いろいろ恥ずかしいけど、エッチする時間も大切なんだから……。
「あの……、こんどの日曜日、お部屋に行ってもいいですか?」
「合鍵を渡してあるだろう。好きに使っていいよ」
「石和さんは、いないの?」
「あらかじめ、きみが来るとわかっているならば待機しよう」
たとえ用事があったとしても、桃瀬の決意を尊重すべき場面である。日曜日に逢う約束をしてホテルをチェックアウトした石和は、桃瀬を助手席に乗せて車を走らせた。朝霧に包まれた町並みが、車窓をすぎてゆく。見知らぬ場所へ迷いこんだかのような感覚にとらわれる桃瀬は、アパートの自室へ帰宅したとき、携帯電話の電源をONにして、姉からの留守電メッセージに気がついた。臨月が迫る理加子いわく、出産前の買いものにつきあってほしいとのこと。石和との約束を優先したいところだが、しかたなく荷物持ちをひき受けた。
「ごめんなさい、石和さん。云いだしたのはわたしなのに、キャンセルなんて……」
姉の呼びだしは、いつもタイミングが悪い。妹の都合などおかまいなしで、いきなり「◯◯買ってきて」「◯◯持ってきて」といった感じだ。逆らえば延々と文句を云われるだけにつき、断るという選択肢はないに等しい。……お姉ちゃんは、高校生のときに初エッチを経験してるンだよね。……こわくなかったのかなぁ。
会社へ出勤するさい、石和に電話をして事情を報せると、『そう、お義姉さんによろしく』と淡々とした返事を寄越した。彼にとっては歳下の理加子を「姉」と呼ぶ石和の声に、一瞬ドキッとする桃瀬は、水曜日にセブンスターへのみに行くと付け足して通話を終えた。……バーテンダー姿の石和さんを、もっとじっくり拝みたい(煩悩)。
日曜日、市営バスにゆられて待ち合わせ場所のショッピングモールへ到着した桃瀬は、ロング丈のマタニティ服を身につける姉のおなかを見て、恋人同士のセックスと、夫婦による生殖行為のちがいを意識した。……もし、わたしが赤ちゃんを妊娠したら、どうなるのかな。出産の痛みに耐えられるのかも不安だ。
「なぁに、理乃ったら。ひとのおなかを見てニヤニヤしないでよ。気持ち悪いんだけど」
「ごめんなさい……」
「そういえば、行きずりの男とはどうなったの? セブンなんとかって店の招待状をもらったんでしょ。あれから、なにもなかったってこと?」
ベビー用品をあつかうショップを目ざして歩きだす理加子は、妹のプライベートを勘ぐってきた。桃瀬は大量生産されたチェック柄のシャツに、ストレッチ素材のデニムとスニーカーという服装で、個性は感じられない。ぼやけたセンスに姉は溜め息を吐くが、以前より肌色が明るく見えたので、「もしかして、男ができた?」と、いきなり切りだした。身内に下手な嘘はつけないため、話せる範囲で石和との関係をうちあけた。
「へえ、奥手のあんたが、中年とつきあい始めたなんて、お父さんとお母さんが知ったらびっくりするでしょうね。……まあ、いい経験じゃないの? ただし、たんなるセフレに降格されたら、傷が残るのはあんただけよ。いい? そのへんの覚悟を、忘れずにつきあうことね」
✦つづく