※修正予定あり【ぺちゃんこ地味系OLだけど水曜日の夜はびしょぬれ〜イケおじの溺愛がとまらない!?〜】
コンセンサス
裏通りに車を停めた石和は、路面店の看板を見あげる桃瀬に、「驚いた?」と笑みを浮かべた。デートと称してやってきた場所は、ジュエリー店だった。貴金属や宝石を身につける習慣のない桃瀬は、宝飾店へ立ち寄るのもこれが人生初である。
茫然とする桃瀬に「行こうか」といって、石和が腰へ腕をまわしてくる。軽く背中を押されて足を前にだす桃瀬は、「あ、あの……」と、困惑ぎみの表情で石和の横顔を見つめた。
「ここって……」
「ぼくがつけている腕時計も、この店で購入したものだよ。ファインジュエリーだけじゃなく、天然石をあしらったアクセサリーも豊富なんだ」
そういう石和は、アンティーク調の高級腕時計を左手首に嵌めていた。……ファインジュエリーって、なに? 無知であることに気後れして足取りが重くなる桃瀬にかまわず、自動ドアから入店する石和は、鍵付きのガラスショーケースのあいだを進んで、販売員の元まで誘導した。
「いらっしゃいませ、石和さま」
「やあ、いつもお世話になるよ」
「本日は、どのようなご用件で」
「彼女に指輪を贈りたい。サイズを測ってもらえるかな」
「承知いたしました。では、少々お待ちください」
「ああ、たのむよ」
清潔感と高級感がただよう制服を身につけた販売員は、石和より若く見えたが、落ちついた雰囲気の男性で、桃瀬と目があうと、にっこりと愛想笑いを浮かべた。白い手袋をつけ、スライド式のガラスケースからリングサンプルを取りだす。
「失礼ですが、お連れさまのお手を拝借いたします」
「……え、えっと?」作法がわからず躊躇する桃瀬に、かたわらの石和が「理乃ちゃんは金属アレルギイとかないよね?」と質問した。石和の長い指がピアスホールのない耳たぶに指で触れ、ドキンッと胸が痛むくらい強い脈を心臓が打つ。「た、たぶん、平気です……」「そう、よかった。きょうここへきたのは、ペアリングを購入しようと思うんだ。まずは、きみのサイズを測らせてもらえるかな」「ペアリング……?」
ダブルスでペアを組むことや、繁殖のために動物を交尾させる意味をもつ用語でもあり、一瞬、理解に遅れた桃瀬は、まぬけな顔で沈黙した。おそろいの指輪をつける目的は、カップルの絆を深めたり、恋愛関係を日常的に感じられるメリットがある。恋人の存在を周囲へ自然にアピールできるほか、肌身に装着するアイテムにつき、いつでも気持ちが通じあっているような、安心感を得ることが可能だ。パートナーと異なるデザインを選んでもペアリングと呼べるものがほとんどだが、つける指によって意味が変化するため、サイズを測るスタッフに、「右手の薬指を」と石和が言及した。
……右? 左じゃないんだ?
婚約指輪でもなければ、結婚指輪でもない。あくまで、ペアリングである。なんらかの節目で指輪をプレゼントされる側の人間は、より親密になりたいという相手の気持ちを察して、受けとめる覚悟が要されたが、右手の薬指につける場合、恋愛の発展をうながす効果だけでなく、精神の安定が期待できた(不安や恐怖をやわらげる効果をもつ)。ちなみに、小指につけるピンキーリングは、秘密の象徴でありながら、しあわせを逃さないといった意味をもっている。
緊張しながら右手を差しだす桃瀬の横で、石和はプラチナの指輪を品定めした。……指輪を贈られるほうって、こんなに緊張するんだ。わわっ、手がふるえちゃうよ~!(うれしすぎて!)販売員によってサイズの測定が終了すると、石和から、どのデザインにするか意見を求められた。アクセサリーの知識などない桃瀬は口ごもったが、「これにしよう」と、スマートな対応で恋人に恥をかかせない石和は、販売員へ在庫の確認をお願いした。日付やイニシャルといった彫刻も可能だが、とくに注文は追加せず、わずか数十分ほどで店をあとにした。
「ありがとうございます。またお越しくださいませ」
深々と頭をさげるスタッフ陣に見送られて駐車場にもどると、石和は、さっそく桃瀬の右手を持ちあげた。キラリと光る薬指のリングを見つめ、「うん。よく似合ってるね」と微笑えむ。その手にはおそろいのリングが光っている。年代によって理想とされる相場は異なるが、カードで会計をすましている石和は、のちに結婚指輪としても代用できるほど高額なペアリングを購入していた(桃瀬は、その価値に気づいていない)。
✦つづく