【改訂版】ぺちゃんこ地味系OLだけど水曜日の夜はびしょぬれ
すれちがう思い
恋人の部屋で目を覚ました桃瀬は、差しだされた衣服を受けとり、洗面所へ避難して身装を整えた。リビングにもどると、軽い頭痛に顔をしかめた。……わたし、酔っぱらっちゃったの? 頭がズキズキする〜……。
ハイスツールに腰かけて珈琲をのむ石和は、桃瀬のぶんをすすめた。
「ありがとうございます……」
温かい珈琲には、角砂糖とミルクが添えてある。立ちのぼる湯気にホッとひと息つくと、石和の長い指が桃瀬の頬を撫でた。右手の薬指にペアリングが光る。それを見た桃瀬の胸はチクッと痛んだ。……だめだ。わたし、また、石和さんに迷惑かけてる……。耐熱ガラスのマグカップを口へ運ぶ手が、カタカタとふるえてしまう。昨夜のセブンスターでは、ウォッカを使ったカクテルに酔わされて、沙由里となにを話たのか憶えていなかった。テラス席で自己紹介をしたあと、丸テーブルに案内されたところまでは思いだせた。
石和は新聞紙へ視線を落とし、しばらく沈黙状態がつづいた。本来ならば、談笑して過ごす恋人の時間なのに、なぜか緊張感がただよった。先に口を割ったのは、石和である。目をあわせようとしない桃瀬の横顔を見据え、声をかけた。
「理乃ちゃん、なにかあったのかい。ようすが変だよ」
「そ、そうですか?」
「きのうのことは、どこまで憶えているの?」
「……沙由里さんにいっしょにのもうって誘われて、なにかお話して、直樹くんがカクテルグラスを運んできて……、それをのんだら、気分がふわふわして……」
「うん」
「それから……」
「思いだせない?」
「す、すみません……」
「きみを酔わせたのは、ぼくの仕業だよ」
「石和さんの?」
「ライラは、さっぱりした味で飲みやすいけれど、アルコール濃度は高いから、きみには少し強すぎるカクテルだ」
「どうして、そんなこと……」
「きみが、ぼく以外の誰かとグラスをかたむけるところを見たくなかったんだ。ごめんね。もちろん、他意はないよ。きみを持ち帰って服を脱がせたのはぼくだけど、誓って、なにもしていない」
「……信じます(とくに違和感はないから……)」
「ありがとう」
「……あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なにかな」
石和の目を見て話がつづかない桃瀬は、口ごもった。……うっ、いまは、最後にもういちどだけ抱いてほしい、なんて云える雰囲気じゃない……。どうしたらいいの……。将来を考えたとき、石和とは別れるべきだ。そう思いこむ桃瀬は、不安な気持ちが表情にでてしまい困惑した。うつむいて涙をがまんしていると、石和のほうで直感がはたらき、桃瀬を思いとどまらせた。
「理乃ちゃんは、カクテルに意味があることを知っているかな。思いを伝えるためにオーダーする、最適な一杯があるんだ。こんど、きみにごちそうしたいカクテルがある。ぜひ、店に来ておくれ」
「わたしは、もう、セブンスターには……」
石和への思いを断ち切るため、ぐっと手をにぎりしめて顔をあげると、「ぼくは、きみを待っているよ」と念をおされた。年の離れた男性を好きになって後悔などしていない桃瀬だが、周囲に白い目で見られたり、石和が誤解を受けるような被害に遭っては胸が痛む。……わたしといたら、パパ活してるように見られるなんて、石和さんの沽券にかかわることだ……。
恋人の品位に差し障る容姿を否めない桃瀬は、完全に自信を失くしていたが、石和は、手離したくないという願いをカクテルに込めようとしている。すれちがうふたりの思いは、どちらも切実だ。
「理乃ちゃん」
「は、はい」
「金曜日の夜、時間あるかな」
「あ、あります……」
「ぼくと寝ようか」
「……はい」
「本当にいいの? だいじょうぶ?」
「本当にだいじょうぶです」
石和とベッドインの約束をして自室にもどった桃瀬は、玄関の段差にヘタリこんだ。……あしたの夜、石和さんに抱かれたら、終わりにしよう。わたしたちの関係は、終わらせなきゃだめなんだ……。
会社で偏見をもたれて気落ちする桃瀬は、石和のために、一刻も早く別れるべきだと決断した。
✦つづく