※修正予定あり【ぺちゃんこ地味系OLだけど水曜日の夜はびしょぬれ〜イケおじの溺愛がとまらない!?〜】

ふたつの計画


 すみれ色の空に、オレンジ色の太陽がのぼる。カーテンのすきまから見つめる桃瀬は、長めの前髪を片手でかきよせ、現実と向きあった。社会的な黒々とした重圧が、ぺちゃんこな胸をしめつける。

 石和(いさわ)のプロポーズは突然だったが、潮が満ちるように、からだの奥深いところへ自然と流れつき、涙ながらに「うんうん」と、うなずいていた。石和を好きになって後悔していない桃瀬は、いろんな不安もあったが、その場で申しこみを受けいれた。


 姉の理加子(りかこ)が出産して、早くも二ヵ月ほど過ぎた。桃瀬の望みを聞き入れて、両親への挨拶は先延ばしとなっている石和だが、新居の計画に頭をめぐらせつつ、これまでどおりの生活を送っている。

「理乃ちゃんとはラブラブか?」

 週明けのたび叔父の貴広(たかひろ)が冷やかしてくるが、石和は「ご想像にお任せします」と聞き流し、眉を寄せる父の貴士(たかし)に仕事の書類を差しだす。愛する女性と結婚を前提に交際をつづける石和は、子どもについて考える必要があった。

 現在の年齢で親になる場合、老化現象は最小限に抑えたいところだ。さいわい、若い恋人をもつ石和は、細胞の活性化を実感した。誰もが他者に依存して生きるわけではないが、桃瀬を見ていると独占欲が掻き立てられる石和は、男としての役割を果たせるよろこびを感じた。



「石和さんは、どうしてわざわざアパートに住んでいるの?」

「ここはね、三度目の正直で見つけた場所なんだ。きみに出逢えた幸運にも感謝している」

 
 週末の午后、階下の部屋で過ごす桃瀬は、石和ほどの経済力がありながら、実家とも設計事務所からも離れた木造アパートでひとり暮らしをする理由が思いつかなかった。デリバリーで注文したピザが到着すると、石和が玄関さきで支払いをすませてもどってくる。バーカウンターに立ち、カクテルを作ると、ふたりで食事を楽しんだ。

「長く実家にいるほど、窮屈な身の上になるからね。三十をすぎたあたりから、親とは見合い話ばかりで耳が痛くなったよ。ぼくはひとり息子だけど、両親の期待に応えるつもりはないんだ」

「でも、事務所を手伝っていますよね。それも、立派な親孝行だと思います……」

 石和は「どうかな」と小さく肩をすぼめ、カクテルグラスを口へ運んだ。アパートへの引っ越しは、三度目となる。実家に近すぎては両親に干渉されやすく、離れすぎて不便な点に悩まされた結果、適度な距離に立つ現在のアパートまちだは、石和なりに見つけた気の(やす)まる場所だった。身近に他人を配置することにより、あるていどの交流はシャットアウトできる。人づきあいは、仕事関係のみと割り切っていた。もっとも、生来の気質がにおい立つ容姿につき、女性の色目はつきまとう。桃瀬のように消極的な態度は、逆に興味の対象となった。

 頃合を見計らい、ふたりはベッドへ移動した。スカートのホックをはずす桃瀬は、鍵付きのひきだしからコンドームを用意する石和の背中に、「あの……」と声をかけた。

「それ、使わなくていいです」と、桃瀬が(とんでもない)発言をすると、虚を突かれた石和が、「え?」と、めずらしく動揺した。桃瀬は耳まで赤くなって顔をそむけた。……い、云っちゃった、めちゃくちゃ恥ずかしい!

 姉が出産したことで姪ができた桃瀬は、いつかじぶんも、石和の赤ちゃんを産みたいと思った。十代最後の日まで好きなひとや彼氏もできず、結婚や出産など考える機会などなかった桃瀬に、新しい気持ちが芽生えたのは、石和を信頼している証しでもある。ふたりぶんの愛情を受け継ぐ子どもを、いっしょに育てたい。そんな桃瀬のしあわせ計画は、石和の理解と協力がなくては実現しない。

「きみは、案外、度胸があるね」

 石和は桃瀬の元へ歩み寄り、やさしく抱きしめた。


✦つづく
< 48 / 50 >

この作品をシェア

pagetop