※修正予定あり【ぺちゃんこ地味系OLだけど水曜日の夜はびしょぬれ〜イケおじの溺愛がとまらない!?〜】
純情なハート
「あれ、どうしたんですか、沙由里さん。こんなところで」
沙由里はセブンスターの常連客で、圷の想い人である。火曜日の夜、レッドサンズのテラス席でぼんやりしていると、ギャルソン姿の圷がやってきて、ふたりきりの状態で会話が発生した。
「ねえ、直樹くん。わたしのどこがそんなに好きなの?」
「全部にきまってるじゃないですか」
「知りもしないくせに、よく云うわね」
「ってか、なんすか、その質問。おれを試してるなら、まずはホテルに行きましょうよ。おれ、あなたを満足させる自信ありますよ」
「それ、口説き文句のつもり?」
「悪いっすか」
「坊やのくせに生意気ね」
「坊やでも、男ですから」
「うふふ、強気な子は嫌いじゃないわよ」
「ありがとうございます」
「ほめてないわ」
「なにかあったんですか? もしかして理乃ちゃん? いつの日だったか、ふたりでのんでましたよね」
「そうね。わたしが声をかけたの。ちょうどこんなふうに、ひとりでテラス席にいて、地味で目立たない子なのに、なぜか目をひかれたわ。女の勘かしら……」
石和をめぐり桃瀬と立場が異なる沙由里は、ふぅっと、深い溜め息を吐いた。外的な要素だけでなく、社会的な面でも石和と釣り合いがとれるのは沙由里のほうだったが、人生に冒険はつきものである。石和が差しのべた手をとった桃瀬は、数々の物事を乗り越えてゆくしかない。多くの障壁が待ち構える未来を、危なっかしい足取りで進む桃瀬を想像した沙由里は、ほんの少し羨ましくなった。
「相思相愛って、いいわね。きっと苦痛さえ快楽に感じちゃうわ」
「沙由里さん、失恋でもしたンすか? あなたみたいな美人を放っておくなんて、相手は最低っすね」
「玉砕するのは趣味じゃないの。わたしから身をひいたのよ」
「おれには、寂しそうに見えるけど……」
桃瀬の存在を知り、石和への思いを断ち切った沙由里だが、歳下の学生と遊ぶ気分ではない。じぶんの魅力を最大限にアピールしてきたが、石和を口説くことはできなかった。どんなに愛情をもって近づいても、相手が同じ気持ちで接してくれるとはかぎらない。手の届かない存在だからといって背を向けず、兼く愛してこそ相互の関係を良好に保てる。大人であるがゆえに、場面に応じて人格を演じてきた沙由里は、いつのまにか、桃瀬のような豊かな個性を見失っていたのかもしれない。万が一、石和が見た目で判断するような男であれば、落胆しただろう。
「相手の領分に踏みこむまえに、心で解りあうことが大切なのかもしれないわね」
「なんすか、それ。考え方しだいでは他人と傷をなめあうだけっすよ。身体の相性はかかわってみなきゃ、判断できねぇし」
圷なりに沙由里を精神分析した結果、青年らしい悪態をつく。じぶんの質を高めるために相手を見定めてきた沙由里は、将来の準備期間として青年との交流も大事にすべきだろうかと意識化にはたらいた。水平的なネットワーク社会で実体を得る方法は、能動的に他者と関与するしかない。理性や感性が近いものは、共に生きる未来を目ざすことになり、身分という概念に惑わされる必要はない。誰もが、現実という状況のなかで生きていく。特定の批判的思考や発想にとらわれず、信頼関係をもって愛に根ざした者と、新しい環境を築きあげていく。
「沙由里さん、いつまでもこんなところにいないで、店にはいりましょうよ。たまには、おれにも食事くらいおごらせてください」
どれほど待っても、想い人はやってこない。今夜は火曜日である。暗い駐車場を見つめる沙由里は、「見返りは求めないからさ」という圷が差しのべた手をとり、「少しは期待してもいいわよ」と小さく笑った。
✦つづく