シンママ派遣社員とITコンサルの美味しい関係

第十五話「すれ違いと対比」

 月曜日の朝。
 美咲はいつものように部長の鷲尾に今日の予定を伝え、席に戻る。

 すると、プロジェクトマネージャーの村瀬とプロジェクトリーダーの岡田がこちらに向かってくるのが見えた。

「佐伯さん、ちょっといい?」

「はい」

 村瀬は手に持ったタブレットを確認しながら、軽くため息をついた。

「今週は、16時以降に始まるミーティングは入れないで欲しいの。スケジュール管理にも書いておくけど、念のためお願いしておくわ」

「分かりました。何か予定が?」

「夫が営業の研修で大阪出張なの。だから、今週は毎日私が保育園の送り迎えしなきゃならなくて」

「それは大変ですね」

「まあ、プロジェクトが佳境のときは、向こうに協力してもらってるから、お互い様よ」

 さらりとそう言う村瀬の言葉に、美咲は一瞬、言葉を失った。

――夫婦で協力して子育て……。

 夫が仕事で忙しいときは、妻が支える。
 逆に、自分が仕事で大変なときは、夫が支えてくれる。
 そんなふうに、”お互いに補い合う関係”。

 それは、美咲がかつて望んでいたものだった。

 でも、実際の結婚生活は違った。
 夫だった浩介は、残業のない日でも飲みに行き、育児は美咲任せ。
 何度話し合っても「仕事で疲れてるんだよ」と言われ、結局、美咲がすべてを抱え込むしかなかった。

――もし、あのとき、少しでも協力してくれていたら……。

 そんな「もし」を考えても仕方ないと分かっているのに、村瀬の何気ない言葉が胸に刺さる。

「重要な会議の場合は、岡田さんに代理で出てもらうわ。お願いね。佐伯さんも意識しておいてもらうと助かるわ」

「大丈夫です。任せておいてください。独身なので、いくらでも融通利きますから」

「えっ、岡田さん独身だったんですか?」

 思わず美咲が聞き返すと、岡田は苦笑しながら「そんな驚きます?」と返した。

「勝手に既婚者だと思ってました。落ち着いてるし」

「いやいや、まだ自由気ままな独身生活ですよ」

「独身ねぇ……」

 美咲は、ふと瀬尾の顔が頭をよぎった。彼もまた、独身。
 でも、料理ができて、気配りもできて、あの落ち着き。

――もし、あの人が夫だったら?

 自分と大翔を支えてくれて、一緒に生活を送る未来。

 そんなことを考えた瞬間、自分で自分に驚いた。

――何を考えてるの、私。

 慌てて思考を振り払う。
 これはただの仕事の同僚で、たまたま料理が得意で、大翔が懐いているだけの関係。
 それ以上のことを考えるなんて、おかしい。

「佐伯さん?」

「あ、すみません。ミーティング調整、気をつけておきますね」

「助かるわ」

 村瀬と岡田が去った後、美咲は小さく息をついた。

――こんなこと、考えても仕方ないのに。

 それでも、村瀬の「お互い様よ」という言葉が、頭の片隅から離れなかった。
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