シンママ派遣社員とITコンサルの美味しい関係

第十四話「週末の食事会」

　週末の夕方、美咲は大翔の手を引きながら、瀬尾のマンションの前に立っていた。
　片手には、紙袋に入れたワインのボトル。

――食材は瀬尾さんが全部用意してるのに、手ぶらじゃ気が引けて……。

　そんな気持ちから、ワインを一本だけ買って持ってきた。
　瀬尾が飲むかどうかは分からなかったが、料理好きな人なら、食事と一緒に楽しむかもしれない。

　インターホンを押すと、すぐに瀬尾の声が返ってきた。

「どうぞ」

　ドアを開けると、心地よい香りが漂っていた。
　キッチンには、すでに下ごしらえを終えた食材が並んでいる。

「いらっしゃい。大翔くん、今日も元気だね」

「うん！ お兄さん、今日は何作るの？」

「今日はハンバーグ。あと、コーンスープとサラダもあるよ」

「やったー！」

　大翔が大喜びでキッチンを覗き込む。
　美咲は微笑みながら、持参したワインを差し出した。

「あの、これ……食材は用意していただいたので、せめて飲み物くらいと思って」

　瀬尾は一瞬驚いたようだったが、すぐに穏やかに微笑んだ。

「ありがとうございます。赤ワインですね。ハンバーグにも合いそうです」

「よかった」

　美咲は少しホッとした。

「食事と一緒に楽しみましょう。大翔くんはジュースがいいかな」

「ジュース？ ほんと？」

「大翔くん用に買っておいたよ」

「やった！」

　大翔が嬉しそうに両手を上げるのを見て、美咲は瀬尾の気配りに感心した。

「じゃあ、料理ができたら、みんなで乾杯しましょう」

「うん！」

　こうして、美咲と瀬尾、そして大翔の食事会が始まった。
　キッチンで一緒にハンバーグのタネをこねる美咲と大翔。
　フライパンでじっくり焼き上げる瀬尾。

　ジュウッという音とともに、香ばしい匂いが広がる。

「お兄さん、料理してるとき、楽しそう！」

　大翔が笑顔で言うと、瀬尾は少し考えたあと、小さく笑った。

「うん。たぶん、料理してるときが一番リラックスしてるかもしれない」

「ふーん。でも、仕事してるときも楽しそうだよね」

「それは……どうかな」

　瀬尾は少しだけ視線を落とし、ポツリと呟く。

「最近、仕事が思ったように進まなくて、ちょっと疲れてたんです」

　美咲は意外に思った。
　いつも冷静で完璧に見える瀬尾が、そんなふうに思っていたなんて。

「でも、今日は楽しいですね」

　そう言って、美咲の方を見る瀬尾の視線が、一瞬だけ柔らかくなった気がした。

「私も、こういうの、久しぶりかも」

　美咲もグラスを並べながら、そう答えた。

「ハンバーグ、もうすぐ焼けるよ！」

「わあい」

　大翔の元気な声が響き、ふたりは自然と微笑みあった。

　美咲と瀬尾、そして大翔の週末の食事会は、穏やかに進んでいった。