シンママ派遣社員とITコンサルの美味しい関係

第十六話「背中を押す声」

 昼休み、カフェテリア。

 美咲が持参したお弁当を広げると、向かいの友紀子がカフェテリアのヘルシーランチをつつきながら、開口一番に言った。

「うちの部の後藤さん、結婚するそうよ」

「へえ、お相手は?」

「総務の春川さん。なかなかしっかりした人らしいわよ」

「そうなのね」

 美咲が淡々と答えると、友紀子はフォークをくるくる回しながら、少し不満げにため息をついた。

「いい男は、どんどん売れてしまうわね」

「そんな言い方……」

 美咲は苦笑しながら、卵焼きを口に運ぶ。

 しばしの沈黙の後、ふと思い出して言った。

「そういえば、岡田さん、独身ですって」

「えっ、ほんと!? まじで!?」

 思わず大きな声を出してしまい、周囲の視線が向けられる。
 友紀子は慌てて口元を押さえたが、目はキラキラと輝いていた。

「いやいや、落ち着いてるし、仕事もできるし、てっきり既婚者かと思ってたわ! ていうか、なんで今まで誰も教えてくれなかったの?」

「私もそう思ってた」

「……ってことは、私にもチャンスあるってことよね?」

 友紀子はすでに作戦を考えているような顔をしている。

「まあ、接点があまりないのが問題だけど」

「それはもう、何とかするしかないわね!」

 美咲は友紀子の前向きすぎる姿勢に苦笑しながらも、その勢いが少し羨ましく思えた。

 しかし、その次の瞬間、友紀子の視線が鋭く変わる。

「ところで、瀬尾さんとはどうなの。何もないってことはないでしょう?」

「えっ?」

 突然の質問に、美咲は思わず箸を止めた。

「いやいや、本当に何も……」

「嘘」

 友紀子が即答する。

「絶対に何かある。だって、美咲、最近なんだか落ち着かない顔してるもん」

「そ、そんなこと……」

「ほら、図星」

 美咲は、友紀子に秘密にしても仕方ないと思い、少し考えてから静かに口を開いた。

「……実は、大翔を連れて、瀬尾さんのマンションで食事会をしたの」

「ええっ!!!」

 友紀子がフォークを落としそうになる。

「ちょ、ちょっと待って、美咲。何その急展開!? なんでそんな大事なこと黙ってたの!?」

「別に、そんな大げさなことじゃないわよ。ただ、大翔が瀬尾さんの料理を食べたいって言い出して、それで……」

「それでマンションに行ったの?」

「うん」

「それ絶対に特別よ」

 友紀子は食事もそっちのけで、美咲を見つめる。

「だって、普通、会社の同僚の家に子ども連れて行く? しかもご飯まで作ってもらうなんて、もうそれ『ただの同僚』じゃないわよ」

「……」

 美咲は言葉に詰まる。

「それって、大翔くん、瀬尾さんにすごく懐いてるってことでしょ?」

「……まあね」

「じゃあ、美咲も瀬尾さんのこと、気になってるんじゃない?」

「それは……」

 美咲は返答に迷った。

「まあいいわ。とりあえず、これだけは言える」

 友紀子はにっこりと微笑みながら、宣言するように言った。

「美咲、もっと素直になったほうがいいわよ」

 その言葉が、美咲の胸の奥に静かに響いた。
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