いきなり三つ子パパになったのに、エリート外交官は溺愛も抜かりない!
「結論を急がないでくれ。一時帰国のときに話し合おう。麻衣子の不安を払拭することがきっとできる」

(裕斗さん……)

 まさか彼がここまで別れを拒むとは。すんなり受け入れられるとは思っていなかったけれど、去ろうとしている者に追いすがるような人ではないから。

 そこまで大切に思ってくれていたのだと思うと、切なさがこみ上げる。同時に彼の幸せを願う気持ちが大きくなった。

「いいえ。もう私のことは忘れてほしい。裕斗さんなら私と別れてもいくらだって相手がいるでしょう?」
「……なにを言ってるんだ?」
「私もね、再会した昔の友人が付き合おうと言ってくれているの。だから前向きに考えようと思って」

 本当はこの言い訳だけはしたくなかった。居もしない男性の影を出したら、裕斗は呆れて麻衣子に嫌悪感を持つだろう。頼まなくても裕斗の方から別れを言ってくるはずで、別れ話がすんなりまとまるだろう。

 それでも彼に軽蔑されたくなかった。嫌われたくなかったのだ。

 思った通り、裕斗は何も言わなくなった。ふたりの間には怖いほどの沈黙が訪れる。

「……そうか」

 しばらくすると、裕斗の今まで聞いたことがない冷ややかな声が聞こえて、麻衣子の胸をぐさりと刺した。

「分かった。麻衣子の気持ちが移ったのなら仕方がないな」
「……分かってくれてよかった」

 ごめんなさいと、謝罪の言葉が出そうになった。

「短い間だったが、ありがとう。どうか元気で」
「あ……」

 ぷつりと通話が途切れる。

 彼にとって麻衣子は裏切り者なのに、批難の言葉は最後まで出てこなかった。
 最後の言葉は、丁寧だけれど感情がこもらない。他人に対するものだった。
 彼の中で麻衣子の存在が他人以下になった証拠のようだった。

「……うっ」

 胸が痛くて苦しくて、麻衣子はその場に膝をついた。

 手からスマートフォンが落ちていったけれど、拾うことすらできない。

 絶望が体中を巡り、すべての力を失ってしまった。

「裕斗さん……裕斗さん……」

 彼が誰よりも好きだった。側にいると安心できて、笑顔を向けられると心が弾んで、抱き合うと幸せでいっぱいになった。

 初恋だったのだ。これからも大切にきっともっと大きく育っていく気持ちだと信じていた。

 それなのに自ら手放してしまった。

 覚悟をしていたはずなのに、涙が止まらない。

 自分は間違ってしまったのだろうか。

 心のまま行動すればよかった? 助けを求めたらよかった?

 何度も考えて自分で決断したことなのに、今胸の中を渦巻くのは後悔ばかり。

 後悔しても、もう取り戻せないと分かっているのに、辛くて仕方がないのだ。

 この痛みが消える日が訪れることはないような気さえする。

(私……立ち直れるのかな?)

 分からない。でも彼を忘れて強く生きていくしかないのだ。

(でも今は……)

 気が済むまで泣いて感傷に浸りたい。

 そうしなければ、きっと立ち直れないだろうから。

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