いきなり三つ子パパになったのに、エリート外交官は溺愛も抜かりない!
 麻衣子は裕斗と一緒になって、外交官の妻として過ごすよりも、日本で暮らしたいと言う。

 それなら、今の仕事を辞めてもいい。

 衝動的にそんな言葉が喉から飛び出しそうになるのを、寸前で堪えた。

 裕斗が何もかもを捨てたとしても麻衣子の心は戻らない。むしろ呆れられるだろう。そう感じるほどの強い決意を、彼女から感じた。

 一体なぜ、彼女の気持ちが離れてしまったのだろうか。

 単に飽きてしまったのだろうか。いや彼女はそんな情が薄い女性ではない。

 優しく誠実な女性なのだ。自分には厳しく他者には優しい。不遇な環境でも前向きに努力する。家族を支えながら、自分の力でイギリスまでやって来た。尊敬に値する心根を持った人だ。

 だから彼女に惹かれて好きになった。それなのに……。

『私も再会した昔の友人が付き合おうと言ってくれているの。だから前向きに考えようと思って』

 思ってもいなかった言葉が耳に届き、その衝撃は裕斗の胸を深く貫いた。

(昔の友人? 付き合う?)

 麻衣子は素晴らしい女性だから、言い寄る男がいても不思議はない。

 ただ、彼女がそんな誘いに乗るとは思ってもいなかった。

 だから遠く離れていても大丈夫だと。決して驕り高ぶっている訳ではなく、麻衣子の誠実さと情の深さを心の底から信用していたのだ。

 だからこそ裕斗は裏切りに深く傷ついた。すぐには何も言えないほどに。

 失望と絶望が胸中に広がる。怒りの衝動がこみ上げて、今にも麻衣子にぶつけてしまいそうだ。

 それでも裕斗はその衝動を必死にこらえた。

 彼女との別れは避けられない。裕斗が何を言ってももう無駄なのだ。いや、裕斗自身がもう麻衣子と向き合えない――。

 愛情が大きかった分、失望も激しい。

『……そうか』

 さまざまな想いが渦巻く中、口にできたのはたった一言だった。

『分かった。麻衣子の気持ちが移ったのなら仕方がない』
『……分かってくれてよかった』

 無様な別れにしたくなくて苦しさと共に吐き出した言葉に、麻衣子はほっとしたような声を出した。

『短い間だったが、ありがとう。どうか元気で』

 裕斗は耐えられなくなり通話を終えが、その後どう過ごしたのかは記憶が曖昧だ。

 数日は、まともに眠れなかったと思う。

 仕事はこなしていたが、ほかには何もできなかった。
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