雨はまだ降り続いている…〜秘密の契約結婚〜
「もう恥ずかしいので、この辺でご勘弁ください…」

「分かった。奈緒を困らせたくないからこの辺にしておく」

普通の恋人や夫婦ならこの甘い雰囲気に乗じて、キスをしたりするんだと思う。
でも私達はこれ以上先に進むことはない。進むことを許された関係ではないから。
許されるのだとしたら、悠翔さんとキスをしたい。悠翔さんに触れたい。
どんどん彼への想いが膨らみ、欲求が抑えきれなくなっていく。
こんな私を知ったら、悠翔さんは私のことを軽蔑するかもしれない。
悠翔さんに軽蔑されたくない。まだ悠翔さんの傍に居たい。
しかしこのまま本当の気持ちを隠し続けてもいいのだろうか。自分の本当の気持ちを伝えて、この関係を終わらせた方がいいのかもしれない。
周りの人を欺いておいて今更かもしれないが、これ以上嘘を重ねたくない。
自分の本当の気持ちを偽りたくない。悠翔さんを好きな気持ちまでなかったことにしたくない。
私のことを好きになってほしいなんて言わない。悠翔さんを好きでいることを許してほしい。

「奈緒、大丈夫か?」

美味しいプリンを食べているのに、神妙な面持ちでいる私を様子がおかしいと思って悠翔さんが心配してくれた。
今が絶好のタイミングなのかもしれない。本当の自分の気持ちを伝えられる…。

「大丈夫ですよ。疲れているだけですから...」

言えなかった。自分の本当の気持ちを伝えてこの関係が壊れることを恐れた。
私は臆病者だ。だからいつまで経ってもあと一歩が踏み出せずにいる。

「疲れてるのなら早く休んだ方がいいな。後のことは俺がやっておくから、奈緒はゆっくり休んでね」

悪いことをしてしまったなと後悔した。自分の気持ちを誤魔化したせいで、悠翔さんのお手を煩わせてしまった。
こんなことになるくらいなら、自分の気持ちを誤魔化さずに伝えれば良かった。
どんなに後悔しても過去を取り消すことはできない。この現状を受け入れて前へ進むしかない。

「ありがとうございます。それじゃお先に失礼致します…」

居た堪れなくなり、お言葉に甘えてその場を去ることにした。
もうこれ以上気持ちを誤魔化しながら傍に居るのは難しい。
でも好きな人の傍を離れることなんてもっとできない。
どうしたらいいの?どうするのが正解なの?答えが分からない迷路に彷徨ってしまった。
一人で暗い闇の中に閉じこもっていた頃を思い出す。あの頃にはもう絶対に戻りたくない。
そう思っていたはずなのに、またあの頃の自分に戻ってしまったような気がして。心の中に大きな霧がかかっている。
この霧が晴れる日がいつになるのかは分からない。それぐらい今の私にとって悠翔さんが私の全てになっている。

このままじゃダメだ。契約を反故している私が悠翔さんの傍に居る資格はない。悠翔さんのためにならない。
答えは目の前にある。自分の本当の気持ちを伝えて、この結婚生活を終わらせなければいけないと…。
頭では分かっていても、気持ちが追いつかない。悠翔さんの傍に居られなくなってしまう未来を想像したくない。
しかしこのまま気持ちを隠しておくのはずるいような気がして嫌だ。ちゃんと前に進みたい。あわよくば悠翔さんと本物の夫婦になりたい。
でも今はまだこの関係を保ちたい。悠翔さんの傍に居たい。悠翔さんの傍を離れたくない。
だからどうか神様、お願いします。あともう少しだけずるい私をお許しください…。
いつかちゃんと自分の気持ちを伝えて終わらせるので、今だけは見逃してください。
ベッドで布団を被って寝転びながら願った。目に涙を浮かべながら…。
この時の私はこの平和な時間が終焉を迎えようとしているなんて思ってもみなかった。
永遠に続くと呑気に思っていた私は、そのまま眠りについた。
< 88 / 151 >

この作品をシェア

pagetop