まだ誰も知らない恋を始めよう
 深緑色はディープグリーンね、そっちの方がおしゃれに聞こえるね。
 いい香りは、防虫剤のナチュラルシャボンの香りです。
 昨夜も言われた『綺麗な瞳のひまわり畑の妖精』云々は、どういう意味か聞き返すのも恥ずかしいので、最初から聞こえないふりをしておきます。
 ……等と思いつつ。


「おはよう、早速入ろう」

 何となく気恥ずかしくて、愛想なく促すわたしの手はフィニアスに取られて、脇道に連れていかれる。


「これ、モーリス卿から預かってきた。
 本名じゃなくて、これで面会を申し込んで欲しいって」


 それは偽の身分証だった。


「……朝からこれを受け取りに行ってくれてたの?」

「ご心配なく、迷わずに外務省まで行けたし、正面入口前で待ち合わせたから。
 オムニバスって乗り方覚えたら凄く便利だね、王都内何処でも連れていってくれるし。
 俺もこれからはバスで通学することに決めたんだ。
 それでさ、外務省にはこの類いの身分証はたくさん用意されてるらしい。
 生年月日とか住所とかちゃんと覚えてから、面会を申し込めって」

 じゃなくて、朝から兄に呼び出されてごめんなさい、ってことなのに。
 わたしは渡された身分証を握り締めた。


「やっぱり、兄さんは……わたしのこと信用して無いのかな。
 自分の妹だってバレたくない……」

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