まだ誰も知らない恋を始めよう

38 侍女の言葉にキレた俺

 ここに至るまでも、随分待たされた。
 寝室に籠っていた母が身嗜みを整えるまで、と応接間に通されず。
 1時間近く玄関ホールの椅子に腰掛けたまま放置されたダニエルが
「やっぱり帰った方が……いい気がしてきた」と呟くのを、なだめて。

 だが、口にはしなかったが、俺も腹を立てていた。
 もてなしもせずに女性をひとりで玄関先で待たせるなんて信じられない。
 こんな無礼な扱いを受けて、申し訳ないやら恥ずかしいやらで、どれだけ歯がゆかったか。


 母とダニエルが無言で向かい合い、黙ってお茶を飲んでいる。
 その沈黙に耐えかねたのか、父が到着する前に母が話しだした。


「その指輪……フィニアスには、いつか渡したいと想うひとが出来たら教えてね、と保管場所を話していました。
 息子は居なくなる前に、それを持ち出していたんですね……
 全然気付かなかった」

「わたくしもお母様の指輪だとお聞きして。
 受け取って良いものか、ずいぶん悩みました」

「あの、フィニアスとは、一体いつからのお付き合いなのかしら?」

「この冬の年末休みの前からお付き合いを始めて、もうすぐ半年になります。
 ご子息とは1年生の終わりに、大学の図書館で知り合って、それからは気の合う友人として仲良くさせていただいていました」


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