まだ誰も知らない恋を始めよう
 以前に比べて少しやつれた母はダニエルに対して冷たい印象が無いのは良いけど、それでもやはり大歓迎という感じはない。
 自分の指輪を嵌めて現れた彼女を取りあえず内に入れたが、連絡をした父がここに顔を出すまでの中継ぎに徹するつもりに見えた。

 当然、ダニエルにもそれは分かっていて、彼女も特に話し出す事無く、ニコニコしているのみだ。
 けれど、隣に座っている俺にだけは、懸命に笑顔をキープするダニエルの緊張が伝わってくる。


「本邸から連絡がありました。
 まだ30分程、掛かるかと」
 

 会議だ、営業だと過密スケジュールをこなす父親が、仕事を抜けて自宅に戻るまで30分、と執事長のサミュエルが母に伝えていた。
 それも、耳打ちでは無くて普通の音量で、ダニエルにも聞こえるように。 


 そんなサミュエルの行動は、父が戻ってくると伝えて母を安心させるよりも、前触れも無しに現れたダニエルに対しての牽制にしか思えず。
 これは父の指示なのだろうか。


 物心ついてからは、俺に対しては後継者としての関心しか持たずに、ビジネスライクに対応する父親との対面は、ダニエルの想定よりも前途多難に思われた。

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