まだ誰も知らない恋を始めよう
 自分では小さな声で話していたつもりなのに、授業にまで付いてくると言うフィンに対して、徐々に声が大きくなってしまっていたのに気付かなかった。
 不覚だ! 恥ずかし過ぎる……
 
 彼等は自分達のテーブルに顔を向けて、ひとりで誰かと話している危ない女を引き気味に見ていたようで、わたしと目が合った女性は、慌てて下を向いた。
 初めて会った人達だし、ここの学生は多くて、わたしのことなど特定は出来ないと思うけれど、そそくさとその場から逃げるように離れた。


 明日から大学が休みに入るのが、不幸中の幸いと言えた。
 同じような年頃の人間が大勢集まっている大学のキャンパスでは、有名人のフィンとは違って、わたしは目立たない平凡な一般人。
 9連休明けに彼等とすれ違っても、わたしのことなんて忘れているはずだ。

 そうだそうだ、その通り、現にわたしだって、もう彼等の顔なんて覚えていないもの。
 ……そう思わないとやってられない。



 再びフィンはわたしの手を掴んで、中央棟へと颯爽と歩く。
 時々振り向いて、わたしに爽やかな笑顔を向ける。
 本当に一緒に受講する気なんだ。
 彼は本気で、わたしを逃がすつもりは無いみたい。
 この手を掴む彼の力加減が、それをわたしに教える。


 ああぁ、どうして……
 あの時追いかけて、声なんて掛けなければ。


 今更、後悔しても遅いけど。

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