まだ誰も知らない恋を始めよう
 これが、5年後には超高級ホテルの高層階の社長室から下界を見下ろす彼の『毎日が面白かった日々』の思い出の1つにでもなればいいな、と思う。
 

 買った荷物は市場内ではわたしが持っていたけれど、出るなりフィニアスに取り上げられて、彼が全部持ってくれる。
 端から見れば、市場から出てきたのに、手ぶらのわたしは何も買っていないように見えるんだろうな。

 さて、これから帰って、今夜のメインの牛肉はパン粉をつけて、鶏肉は骨ごとスープで煮込んで火曜日にね、なんて隣を歩くフィニアスに小声で説明して。
 ふざけてちょっかいを掛けてくる彼の手を右に左に躱しながら、のんびりとバス停まで歩いていたら。


「エル?」と、背後から呼ぶ声がした。
 幼い頃の愛称のエルと、わたしを呼ぶのは家族の他にはひとりだけ。
 まさか、と思いつつ振り返れば。


 青年になったニール・パーキンスが立っていた。
 いや、今はパーキンスじゃなくなって、何だったかな。
 ……そうだ、お母様の姓でコーリングだった。

 わたしの幼馴染みで、初恋の人。
 ニール・コーリングが立って居て、わたしに笑い掛けていた。


「あぁ、やっぱり、エルだ。
 何か、おかしな感じで歩いてる女性が居るなぁ、って見てたら、エルだったから」

「……お久しぶりね、ニール」


 そうか、バス通りをフィニアスとふざけて歩いていたから。
 わたしの動きは、1人で何やってるんだ、と目立っていたんだろう。


「あの頃と変わっていないから、直ぐに分かったよ。
 でも、今は眼鏡掛けてるんだね……え、エル何で?
 君、目の色が変わってる?」
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