七番目の鏡子さんと招き猫
 で、このお札をどうすれば良いのか、だ。
 とりあえず、これを持っていると、おそって来ないようだけれど……逃げる?

 「逃げちゃだめにゃ! 逃げちゃだめにゃよ!」

 ミタマちゃんが、私の行動パターンを予想して釘を刺してくる。
 ちっ、バレたか!

 「ええっ! でもさ、逃げないと。こんなグニャグニャで気持ち悪いのどうするのよ」
 「戦うのにゃ! そのためのお札にゃ!」

 いや……戦えって? これと? わたしが?
 天井に目を向ければ、大きな口から粘っこいよだれがポタポタ落ちてくる。
 ザ、怪異だ。
 無理、むり、どうあっても無理っ! 無理だよ。だって、すっごい邪悪な気を放っているよ? ゴオォォォォッて、変な音出てるし。

「ふぁいとぉにゃ! 彩音っ!」
「いや、そんな無責任な!」
「そのお札をヤツの急所に貼るのにゃー!」

 え、急所? 急所なんてどこなのよ!
 そもそも急所なんてものがあることが俄かに信じがたい。
 
「ほら、あの舌の上! あそこに目玉が一つあるにゃ! あれにお札を貼れば、きっとやっつけられるにゃ!」

 ミタマちゃんに言われて、恐々怪異をみれば、確かに、パックリ開いた口の中に、赤黒い舌があり、そこに目玉が一つ。

 あれに貼るのには、どうすれば良いのか。
 あの気持ち悪いところへ手を突っ込む。想像しただけでも寒気がする。
 ていうか、そもそも。そもそものそもそもで、わたしは、クラスでも小さい方で、手は届きそうにないんだ。

「うーん。届かない……」

 怪異を前にして、わたしは考え込む。

「何をしているにゃ! その場にあるものぜぇんぶ使って何とかするにゃ!」

 ……うちの招き猫、ミタマちゃん、ちょっとうるさい。てか、この和室に何があると言うのか……

「どうしたの? 何かあったの?」

 あ、あったじゃない! 

「田沼君! そこ、しゃがんでみて!」
「え、こう?」

 田沼君がしゃがんでうずくまる。

「頭を下にして、手をついて!」
「うぇ? なんだろう……」

 田沼君が、畳に手をつき、背中が上になる。
 組体操のピラミッドの土台みたいな姿勢だ。

「よし! そのまま!」

 私は、田沼君の背中を土台にして、思い切りジャンプする。

「と、届いた!」

 私は手を怪異の口に突っ込んで、真っ赤なぬらりとした舌の上に、お札を貼る。

「んぎゃあああああああ!」

 とんでもない悲鳴が天井から上がる。

「え、何の音?」

 田沼君が耳を塞ぐ。
 田沼君にも、あの大音量の怪異の断末魔は、さすがに聞こえたらしい。

 怪異の体が、メキメキと音を立てて崩れていく。
 埃が落ち……怪異が憑いていた天井が崩れ出す。

「何事だ!」

 部屋の入り口に来たのは、紅羽。
 あの怪異の断末魔、田沼君にも聞こえたのだから、当然、学校中に響いたのだろう。

「あ、えっと……怪異が天井に……」
「天井?」

 紅羽が部屋の入り口から天井を見上げる。
 崩れかけた天井が落ちたのは、その瞬間だった。 

 ドシャッと音を立てて一気に崩れ落ちる天井に、私と田沼君は、逃げる間もなく下敷きになった。
 
「怪異に蝕まれて、もろくなっていたんだにゃ! 良かったにゃ! 薄い板でできた仕上げ材だけで! コレがコンクリートの天井だったら大怪我にゃ!」

 どこに逃げていたのか、全く無傷なミタマちゃんが、私の上に覆い被さる天井板の上で箱座りしている。
 天井裏に積もった埃でまみれた天井板。十分重いし、痛い……。

「だ、大丈夫か? オカルト研究部」

 気絶する田沼君を引っ張り出し、私の上の板をどけてくれたのは、紅羽だった。

「ありがとう」

 わたしは、素直にお礼を言う。

「あ、ああ……」
 
 そっぽを向いているのは、照れているのだろうか。
 なんだ、ちょっと可愛いとこあるじゃない。
 下敷きになっていた私を助け出してくれたし。

「オカルト研究部、とりあえず天井損壊について責任はとってもらうからな」

 いや、全然可愛くない。
 前言撤回。
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