虐げられ続けた私ですが、怜悧な御曹司と息子に溺愛されてます


弁護士の立ち合いで遺言状が公開された。
財産は法定相続通りに分けると書かれていたが、驚いたことに祖父の遺言には真矢の名が書かれていた。

『対鶴楼の経営は、古くからの友人が援助してくれる約束だ』
『陽依か真矢のどちらか、選ばれた方が対鶴楼を継ぐように』

古くからの友人が誰なのか、なぜ後継者が陽依か真矢のどちらかなのか判断できない内容だった。
真矢と和真には、亡くなった父の分を代襲相続できる権利があるとは知っていたが、対鶴楼の後を継ぐ話は聞いたことがない。

これを読んだ叔父と弁護士は困惑し、叔母は「とんでもない遺言だ」と烈火のごとく憤った。
真矢は祖父から対鶴楼を継げなんて言われたこともないし、誰もが陽依こそ対鶴楼を継いで女将になると思っていたのだ。
その日から、鶴田家は大混乱だ。

真矢の名前があるのが面白くないのか、叔母からはますます冷たい視線を向けられた。
真矢は何度も「対鶴楼を継ぐ気はない」と伝えたが、遺言状は法的にも有効なものだった。

(一日でも早く東京に帰りたい)

そう思っていたら、真矢を後継者にしたくないはずの叔母がとんでもないことを言いだした。

「人手が足りないの。ここで働いてちょうだい」

真矢ひとりが働いたくらいで、人件費が浮くとは思えない。

「後継者候補だっていうなら、実力を見せてちょうだい」

対鶴楼を継ぐ覚悟なんて、真矢にはなかった。

むなしい気持ちで旅館の庭を歩いた。

子どものころには広いと思うだけで価値がわからなかったが、この庭園の美しさが心に沁みてくる。
庭師が丹精込めた植栽や旅館の堂々とした建物を見ているうちに、ここは父が育った場所だと気がついた。
そこが今や経営難だという事実が胸に迫ってくる。

この素晴らしい場所が鶴田家のもので無くなってしまったら、きっと父は悲しむ。
叔母に言われたからではなく、真矢はいつの間にか父が生まれ育った家を放っておけなくなっていた。

だから、明都ホテルを辞める決心をした。



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