このほど、辣腕御曹司と花嫁契約いたしまして
あの老婦人は、明都ホテルにとって重要なお客様だったのだろう。
少し介抱しただけの真矢にまで気を配ってくれるなんてさすが御曹司だなと、真矢は目の前の大きな男性を見上げた。
すると、彼も真矢の顔を見ていたのか再び目があった。
「「あの」」
言葉が被ってしまった。なんだかおかしくなってきて、ふたりとも苦笑する。
「あの方に、お気をつけてとお伝えください」
「わかった」
「では、失礼いたします」
帰ろうと歩き出したら、ヒールが石畳の段差にひっかかってしまった。
立ち仕事をした疲れもあって、真矢は自分ではバランスがとれずにぐらついてしまった。
「おっと、気をつけて」
岳にぐっと腕を持って支えられてしまった。慌てて見上げたら、さっきパーティー会場で家族に向けていた優しいまなざしと出くわした。
「すみません。足がもつれちゃって」
「今日は疲れたんだろう。ゆっくり休んで」
転んだら大変だと思われたのか、そのまま真矢をもたれさせてくれた。
軽く触れただけなのに、筋肉の厚みが伝わってくる。真矢は頬が熱くなってきた。
「ふだん、よろけたりしないんですが」
寄り添うような形になったのが恥ずかしくて、言いわけを口にしてしまった。
岳はおかしそうに口角を上げながらも心配してくれているのか、ゆっくりと道路に向かって一緒に歩いてくれる。
その優しさに甘えて、真矢はもう少しだけわがままを言ってみたくなった。
「都々木部長、私にがんばれって言ってもらえませんか?」
岳は一瞬なにを言われたのかわからないような顔をしたが、すぐに送別の言葉をほしがっているとでも思ったのだろう。
明るい笑顔で、真矢の気持ちに応えてくれた。
「これからも、あなたらしくがんばって」
「ありがとうございます」
いつものクールさはなく、とても温厚なまなざしだ。
温かな気持ちが伝わってくると、真矢は目の奥がジンと熱くなってきた。