虐げられ続けた私ですが、怜悧な御曹司と息子に溺愛されてます


「本日ご案内させていただきます、鶴田真矢と申します。よろしくお願いいたします」

丁寧に挨拶する柔らかな笑顔を前にするとホッとする。真矢の態度には裏表がなくて心地いい。
艶のある黒髪と、薄い化粧。生真面目な性格なのか、いつも背筋がピンと伸びている。
その表情にピッタリの、細くてもよく通る声。それらは記憶の中にある姿と同じだ。

「では参りましょうか」

その声に続いて歩き始める。

(また、会えた)

真矢の背を追いながら、明都ホテルでパーティーが開かれた夜を思い出していた。



◇◇◇



記憶にある真矢の姿は、一年以上前のものだ。
あの頃の岳はアメリカのホテルの買収に成功して、帰国したばかりだった。

おまけにワンマンな祖父が引退して会長になり、父が社長を継いだこともあって社内はごたごたしていた。
岳も役員兼務の経営企画部長に就任したところだったから、それなら心機一転とばかり社長のお披露目と日頃の感謝を伝えるために、大勢の招待客を招いてのパーティーを開くことにした。

当日は思った以上に盛会になった。スタッフたちの準備のたまものか、食事からドリンクまで細部に気配りが見られた。
会場の雰囲気も流れる音楽までスキがない。岳は社員たちの努力に頭が下がる思いだった。

岳が会場を回っていると、招待客たちに気を配っている宴会スタッフたちが目にとまる。
華怜が日ごろから「うちの宴会企画部は優秀よ」と言っていたが、まさにその通りだ。

中でも華奢な体を紺の制服に包んだ女性が際立っていた。化粧も薄目だし、髪だって邪魔にならないよう無造作に結んだだけなのに目が離せない。穏やかに微笑んで、急いでいても客に悟られないよう軽やかに動いている。

(見事だな)

かといって、彼女だけを見ていたわけではない。招待客からの挨拶は続くし、名を売り込みたいという客から父や妹をガードするのも岳の役目だ。パーティーがお開きになるまで、岳は目が回るような忙しさだった。


< 39 / 141 >

この作品をシェア

pagetop