虐げられ続けた私ですが、怜悧な御曹司と息子に溺愛されてます
思ったとおり建物を出たところに、彼女がいた。
じっと夜空を眺めている表情が少し悲しそうなのが気になった。
声をかけたら、とても驚かれてしまった。まさかここまで岳が追いかけてくるとは思っていなかったのだろう。
「エレベーターホールで会ったのは君だね」
「はい。宴会部の鶴田真矢と申します」
社員すべての名前を把握しているわけではないから、名乗ってくれて助かった。
「お客様からくれぐれもよろしくとのことだ。本当にありがとう」
「そんなたいしたことをしていませんので」
礼を伝えると、少しはにかんだような表情を見せた。
背の高い岳からすれば、とても小柄で華奢に思える。じっと見ていたら、ふと視線がパチリとかみあった。
岳を見上げてくる真矢の顔が愛らしく感じられて、岳にしては珍しくドキリと胸が鳴った。
「今日はご苦労さま。とてもスムーズな進行だったよ」
「最後の仕事だから……喜んでいただけでよかった」
聞き間違いかと思ったが、今回の仕事を最後に明都ホテルを退職すると言う。
優秀な社員なので思わず理由を尋ねてしまったが、家庭の事情らしい。真矢の思いつめた表情から、さっき夜景を悲し気に眺めていた理由がわかった。
「ずっと東京で働きたかったんですけど、人生って思うようにはいかないものですね」
どこか投げやりな言葉が、さっきパーティー会場で見かけたバリバリと働いていた女性には不似合いだった。
気がつけば、もう遅い時間だ。
帰ろうとした真矢が少しぐらついたから、思わず手が伸びた。
岳ががっちりと支えたら、すぐに恥ずかしそうに頬が真っ赤になっていた。
あまりにもほっそりとした腕だった。その体温が岳の手にストレートに伝わってくる。